「どこに相談すれば、安全なのか?」
 「誰に話せば、この気持ちを分かってもらえるのか?」
 明るい照明の中で850人の観客からスタンディング・オベーションを浴びながらも、私のこころの奥底には常にこの問いが暗く横たわっていました。

俳優から臨床心理士へ

 それから10年後、私は大学院を経て臨床心理士・公認心理師となり、都内の精神科クリニックや小中学校で心理士(師)として勤務しつつ俳優活動も継続しています。私自身は、今も昔も「演技」という営みを心から愛し、そして今「心理臨床」という営みを心から信頼しています。しかし、俳優を専業としていた頃の私は、「臨床心理士」という職種を知識としては知っていても、自身がカウンセリングを受けようとは思えませんでした。なぜなら、芸能の世界にある苦悩や暴力の「質感」を、その世界を知らない支援者に理解してもらうことに期待ができなかったのです。なお、これは私個人の意見ではなく、周囲の文化・芸能業界の関係者からもよく聞かれる声です。文化・芸能業界は、一般の企業や他業界の定式では語れない独自の入り組んだ課題が山積しており、エンターテイメントに関わる人たちのこころのサポートが十分に取り組まれるには、まだ多くの時間と労力がかかるでしょう。しかし、こうしたテーマが社会的に取り上げられるようになったことは、文化・芸能業界にとって本当に大きなことなのです。

文化・芸能業界が抱える問題

 コロナ禍の2020年に起きた男性俳優の自死は、国全体に激震が走る出来事でした。それ以降も多くの著名人の自死や自殺企図が報道され、それが国内の自殺発生数にも影響しているという統計的な実証もあり、社会問題となっています。
 加えて深刻なのが性暴力の問題です。2020年の某映画監督の性加害報道(2024年に逮捕)、そして旧ジャニーズ事務所の性加害などは大きく取り沙汰されました。これらの性加害の被害者の中には自ら命を絶った方も複数名いらっしゃいます。
 また、株式会社ツギステが2024年に公開した『女性アイドル百名実態調査』では、芸能活動中に精神疾患に罹患したアイドルが52%いるという衝撃的な事実とともに、多くのハラスメント被害の実態が明らかになりました。さらに業界内のハラスメントや性暴力は所属事務所の社長やキャスティングを決定する人物が加害者であることも多く、被害者が声をあげにくい要因にもなっています。
 そのような経緯から、企業と利害関係のない中立的な支援機関の必要性を感じ、「文化・芸能業界のこころのサポートセンターMeBuKi」を立ち上げました。

MeBuKiについて

現在のMeBuKiは、カウンセラー4名、ソーシャルワーカー1名、プロボノ4名の計9名で運営しています。カウンセラーは、俳優でもある私と元ミュージシャンのカウンセラー、そして他の心理士(師)が協働して多様なケースに柔軟に関わることが叶っています。また低賃金・長時間労働のスタッフやアルバイトを掛け持ちしながら芸能活動をしている方々にも気軽に活用していただけるよう、相談方法は無料枠と有料枠の二つを設けています。さらに、医療機関や法律事務所とも連携しています。課題も多いですが、この2年間で寄せられた60件超の相談者の声や、講演を聞いてくれた方々からの感想が、MeBuKiが芽吹く養分となっています。芸能界で奮闘していた過去の自分が欲しかった「芸能臨床」、それがMeBuKiなのです。

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