もう13年になる。第1子が生まれた時、男性の育休を取ってみたことがある。当時の取得率はまだ1.89%(2012年)だった。当時勤めていた児童養護施設では、多くの職員はローテーション勤務で、心理療法担当職員である私はローテーションには入っていなかったが、職場の公平性を考えると「育休を取ってみたいが、難しいだろうな」と思っていた。
 第1子が生まれた時期に、いくつかのことが重なって、「人生は何が起こるか分からない。やりたいことはやっておこう」と思い、育児休暇をお願いした。園長に話せば、困るだろうし、園長を困らせたくもなかった。その上で、自分の人生で大事なことと思い、選択したのだ。相談すると「後に続く他の職員に次々と育休を取らせてあげられるほど、職場の体力ないしなあ。でもわかった。せっかくだから楽しんで」と認めてくれた。妻の職場復帰に合わせて、1ヶ月の育休を取れることになった。「母親の育児の大変さが身を持って知れるチャンス」と大いに意気込んで育休に突入した。
 妻が仕事復帰する初日。おっぱいなしで一日持つかと心配しつつ、子どもの食事と片付け、その合間に寝かしつけ。夕方少し暑さが和らいでくると、抱っこしてお散歩に出た。「シューベルトの子守唄」を「ねむれ~ねむれ~パパの胸に♪」と歌うとよく寝てくれた。寝かしつけると夕飯作り、洗濯物の取り込みと大忙し。「全然休暇じゃない」と思い知った。夕方になると、早く妻が帰ってこないかなあと待ち遠しくて仕方ない。「そうか。いつも妻が僕に早く帰ってきて欲しがるのは、愛されているからじゃなくて、子どもから目を離せないこの2人きりの世界から早く開放されたいからなのか」と残念な真実も知った。
 せっかくだから色々経験しようと、広場開放にもドキドキしながら行ってみた。数名のママと子ども達が和気あいあいとしているお部屋に「こんにちは」と入っていく。「えっ」というママ達の意外そうな顔。子どもが交流するのをきっかけに「お休みですか?」〈育休で〉「え~!」と驚かれ、「良い会社ですね」とかなんとか。「お子さん何ヶ月ですか?」に始まり、子どもの体重、使っている抱っこ紐やベビーカーのブランドなど色々聞かれる。抱っこ紐のブランドなんて全然知らないし、そんな話がしたいわけじゃない。僕が話したいのは、おっぱいなしで寝かしつける方法なのだが、おっぱいを持っているママたちはそんなことを教えてくれない。精神分析ではこれを「乳房羨望」とか呼ぶのだろうか。
 日中は何とか1人で子どもをみられるようになっても、夜中に起きてしまった時のおっぱいなどは妻任せだし、やっぱり妻の負担の方が大きくなってしまうのだ。ママにはなれないまま、あっという間に1ヶ月が過ぎ、仕事復帰となった。
 職場に来てくれている精神科医の先生に「なかなか夫婦公平に出来ないなあと思った」と話すと、「男性の育休っていう“特別なことをやっている”意識がある限りさ、どこまでいっても公平じゃないよ」と言われた。そうか。男性が育児をすることをわざわざ語らなくなり、ましてやこうして文章を寄稿したりしなくなって初めて、父親の育児は当たり前になるのだ。
 息子が1歳5ヶ月頃ピアノのおもちゃで遊んでいた。ボタンを押して流れてきた「シューベルトの子守唄」を聞くと「ねんね!」と笑ってパパを見た。育休も悪くない。ママにはなれなかったけど、パパにはなった。
 2024年には、男性の育児取得率は40.5%になった。育児をめぐる家族のあり方は、変わっただろうか。

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