「サードプレイス」としての余暇

 発達障害、特に自閉スペクトラム症(ASD)の子ども・若者については、よく「友達が少ない」「一人でいることが多い」という話題がのぼります。その話だけを聞くと「ASDの子どもは一人で過ごすほうが良い」と誤解されがちですが、実際には「誰かと話したい」「同じものが好きな人がいたらうれしい」という思いを持つ子どもたちは少なくありません。問題は「関わりたい気持ちがない」のではなく、「関われる場ときっかけが乏しい」ことだと思います。
 そんな発達障害の子どもたちにとって、家庭(ファーストプレイス)でも学校(セカンドプレイス)でもない第三の居場所(サードプレイス)としての余暇活動は、評価や成績から離れ、自分のペースでいられる場です。子どもたちにとって余暇の場は、体をリラックスさせて心をリフレッシュできる機会になります。子どもの孤立感を和らげるのは、「がんばって社交的になること」ではなく「がんばらずに自分らしく過ごせる空間」かもしれません。

「こだわり」とは「特別な興味」

 筆者は、ASDやその傾向のある10代~20代の子どもたちを主な対象に、「テーブルトーク・ロールプレイングゲーム(TRPG)」という卓上対話型ゲームや「趣味トーク」という自分の好きなアニメやマンガなどについて語り合う会など、「対話を楽しむ小グループ活動」に長年取り組んでいます*1。ふだん教室ではほとんど発言しないという子たちが、TRPGや趣味トークでは、積極的に他者と対話しています。
 ASDの診断基準の一つに、いわゆる「こだわり」があり、学校などではしばしば問題行動の原因とされますが、昨今の自閉症研究の領域では「こだわり」を病的に解釈せず「特別な興味(special interests)」として中立的に理解する流れがあります*2。本人の「好き」をベースにした余暇活動では、「特別な興味」がコミュニケーションの源泉になります。不登校だったある中学生は、自分の好きなアニメのキャラクターのイラストを毎回活動で披露しているうちに絵を描く行為を深めていき、デザイン系の高校に進学しました。「興味の偏り=好き」は、その子の世界を広げて、仲間とつながるための言語になり得るのです。
 一方で、余暇活動が「社会性を伸ばす機会」として過度に目的化されると、子どもにとって新たな「評価の場」になりかねません。臨床家に求められるのは、余暇活動を「手段」ではなく、それ自体が尊重される「目的」として位置づける視点だと考えます。「この時間は、好きなことを安心して楽しんでいい」という前提を共有し、そのうえで生まれる小さなやり取りや関係性に目を向ける姿勢が大切です。

子どもたちの「オアシス」として

 以前、余暇活動に参加する子どもたちにインタビュー調査を行ったとき、一人のASD青年が「この活動は、自分にとって『オアシス』のようなもの」と言っていました。砂漠地帯のオアシスは、旅人たちの休憩所であるのみならず、交易・交流の場でもあると言います。
 筆者が運営する余暇活動(サードプレイス)も、発達障害の子どもたちが心身を休め、日常へと再出発し、また疲れたら戻って来て仲間と安心して「好き」を語り合える憩いの場であればと思っています。

●参考資料
*1:筆者が運営する余暇活動団体「SUNDAY PROJECT」ホームページ
https://sunpro8.wixsite.com/sunpro
*2:藤野博(2021)自閉スペクトラム症における特別な興味:研究の動向と展望・東京学芸大学紀要総合教育科学系、72、403-410

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