Serial Articles 心理臨床学会から 心理職の専門性を社会へひらく――職能委員会の歩みとこれから
著者 職能委員長 沢宮容子
心理臨床の研究や実践を伝える「場」として
本誌『心理臨床の広場』は、日本心理臨床学会の会員による研究や実践を、専門家から高校生・大学生に至るまで、幅広い読者層に届けることをめざして編集されています。会員に限らず、心理臨床に関心をお持ちの方々にも手に取っていただけるよう、全国の公立図書館や大学・高校の図書館にも寄贈し、第12巻第1号(通巻23号)以降は『Webページ版 心理臨床の広場』としても公開しています。
今号の「心理臨床学会から」では、本学会「職能委員会」の最近の活動、とくに学会大会で企画したシンポジウムに焦点を当て、その意義と今後への問いをお伝えしたいと思います。
職能委員会は、その名のとおり、本学会および会員の皆さまの「職能」に関わる調査・研究や提言、外部機関との連携などを担う委員会です。心理職を取り巻く環境が激変するなか、現場の声に耳を傾けつつ、心理職のあり方や役割を学会として検討し、その成果を社会に発信していくことが、私たちの重要な責務です。
こうした問題意識から、心理臨床学会第43回大会(Web開催)では、同委員会企画として、「『対立がある場』における心理職の新たな役割についての考察」をテーマとするシンポジウムを開催いたしました。
現在、心理職が活動するフィールドは、医療・教育・福祉・司法・産業など、さまざまな社会領域へと広がり、その役割もいっそう多様化しています。本シンポジウムでは、そのなかでも「対立がある場」における実践に光を当て、心理職の新たな役割や課題について考察しました。話題提供者としてご登壇くださったのは、齋藤梓先生(上智大学総合人間科学部心理学科)、平野学先生(平野カウンセリングオフィス/日本脱カルト協会理事)、笠松奈津子先生(公益社団法人家庭問題情報センターFPIC理事)の3名です。
齋藤先生には「性暴力被害に遭った人への心理的サポート」、平野先生には「カルト問題に苦しむ人やご家族へのサポート」、笠松先生には「別居や離婚によって親子が会えなくなった際の面会交流の支援」について、具体的な実践と今後の課題をご報告いただきました。
また、指定討論者として、信田さよ子先生(原宿カウンセリングセンター顧問/日本公認心理師協会会長)にご登壇いただきました。いずれのケースも、深刻な対立構造や力の不均衡を含んでおり、各報告を通して、心理職の役割について多角的で密度の濃い議論が展開されました。
なお、このシンポジウムは、第6期職能委員会のメンバーによって企画・準備されたものです。委員長であり前半司会を務めた沢宮に加え、副委員長として後半司会を担当された江口昌克先生、そして奥村茉莉子先生、種市康太郎先生、さらに故・横山知行先生が中心となってご担当くださいました。
本シンポジウムの構想と実現にあたっては、とりわけ横山先生に多大なご尽力を賜りました。ご逝去の直前まで、メーリングリストに参加され、温かいお心で支え続けてくださったことは、忘れ得ぬ記憶として各委員の心に深く刻まれております。横山先生のお力添えなくして、本シンポジウムの実現は難しかったでしょう。ここに、あらためて深い敬意と感謝の意を表し、そのお志を受け継いでいきたいと思います。
「対立がある場」で当事者に伴走する
当日のシンポジウムでは、「対立がある場」における心理職の実践と課題が、3つの領域から具体的かつ臨場感をもって報告されました。齋藤梓先生は、性暴力が圧倒的な力の非対称性のもとで生起することを踏まえ、「対立」という語が不平等や理不尽を覆い隠しうると指摘し、研修・意見書・法改正への参画も二次被害を減らす心理支援の一環として位置づけました。平野学先生は、宗教カルト・ミニカルト、とりわけ宗教2世とその家族への支援について、情報提供や勧誘を断るためのロールプレイ、罪悪感や喪失感への支援、家族支援などの具体的実践を紹介し、即時離脱のみを目標としないハームリダクションの有効性を説きました。笠松奈津子先生は、別居・離婚に伴う面会交流支援を、父母双方と関わりつつ「子どもの視点に立つ中立」を貫く応急かつ有限の支援と捉え、FPICの理念・ルール、「かるがもセミナー」による父母への働きかけの実践について報告しました。
指定討論では、信田さよ子先生が、「対立」とは本来、当事者同士が対等な関係にあるときに初めて成立するものであり、性暴力・DV・虐待の場面では、被害者が加害者とより対等な位置に立てるよう支えることこそが、心理職の重要な役割であると述べました。さらに、当事者の声や社会に潜む理不尽さに対して、どれだけ感受性を保ち続けられるかが常に問われていることを強調しました。また、性暴力やカルトなどの問題が学会で十分に扱われてこなかった経緯を振り返り、現に苦しむ人びとの声に丁寧に耳を傾ける姿勢から、新たな支援ニーズを掬い上げる必要性を訴えました。全体討議では、心理職配置の地域差や担い手不足といった制度的課題が共有され、「対立がある場」における心理支援の必要性を、継続的に発信していくことの重要性が改めて確認されました。
本シンポジウムは、対立構造や力の非対称性のなかで揺れながらも、被害当事者や子ども、家族の側に立って伴走し続ける心理職の姿を浮かび上がらせました。私たち心理職は「中立性」や「正義」に向き合い、社会の不平等や理不尽さに対しいかに感受性を保ち続けるべきなのか――それは、学会全体に投げかけられた根源的な問いでもあります。
心理臨床の実践が、個人の内面だけでなく、社会構造と結びついた苦しみにも応答していくために、本シンポジウムが与えてくれた多くの示唆を、今後の議論と実践へと確かな形でつなげていきたいと考えています。ご視聴くださいました多くの方々からのご感想は、その取り組みへの力強い後押しとなりました。なお、本シンポジウムの内容は、心理臨床学会の機関誌『心理臨床学研究』第43巻3号にも掲載されています。機会がございましたら、ぜひそちらも併せてご覧ください。
職能委員会のこれから
心理臨床学会第45回大会においても、職能委員会はシンポジウムを企画しています。現在、第7期職能委員会のメンバーとして、藤城有美子先生(副委員長)、岩倉拓先生、奥村茉莉子先生、種市康太先生、永田悠芽先生が、協力して企画・運営にあたっています。今回は、対面での大会を予定しておりますので、会員の皆さまには、ぜひ会場に足を運び、現場の息づかいと議論の熱量を体感していただければと思います。
職能委員会では、これからも皆さまとともに、職能に関するさまざまな課題に誠実に向き合い、一つひとつのテーマを丁寧に扱いながら活動を進めてまいります。心理職の専門性が社会の中でどのように位置づけられ、いかに発揮されていくのか。その問いに、現場の声と学術的な知見の双方から応えていくことこそが、職能委員会に託された大切な使命です。会員お一人おひとりの現場での実践とまなざしに支えられながら、その使命を今後もともに担っていきたいと願っています。