高校生の時から目指していた臨床心理士の資格を取った時、そこにあったのは嬉しさだけではなく、これからどうしたらいいのだろうかという気持ちでした。どこにでも行ける原っぱにぽつんと1人で放り出されたような感覚です。臨床の現場は大学院の教育とは全然違いましたし、そもそも自分は何がしたかったのだろうか、これからどこに向かえばいいのだろうかと悩んでいました。私の代は大学院を卒業した年がまさにコロナ禍1年目だったので、同期や恩師ともなかなか会えず余計に1人の感覚が強かったのかもしれません。幸いにして心理士が何人か在籍している職場だったため、そこを支えに目の前の臨床に打ち込んできました。
今では職場も変わり、臨床6年目となりました。ようやくカウンセリングのカの字ぐらいはわかってきまして、臨床の楽しさもわかるようになってきました。自分なりの課題や目標も見えてきました。それでも時折、やはり自分がいるのは原っぱなのだと思う時があります。どのように心と関わっていくのか、どのような職場を選ぶのか、どのような学びをするのか、どれも自由です。自分で進む道を決めないといけません。
そんな羅針盤の無い世界で進み続けることができているのは、クライエントから教わったものがたくさんあったからだと思います。クライエントの心と人生に飛び込むことはとても怖いものですし、今でもこれでいいのかなと思うことはいくらでもあります。ですが、私が明らかに間違えた時、クライエントは何らかの方法で間違えたことを教えてくれます。最初のころはそれがとても怖かったものですが、こんなにありがたいことはないと思うようにもなってきました。そんな試行錯誤を繰り返しながらクライエントと一緒に言葉を交わしていくと、2人が広い原っぱでばったりと出会うような感覚のする時があり、そのような出会いから、クライエントが自分の物語を再び歩み始めるようになると感じることがあります。私に誰かの物語を描き直すような力も権利もありませんし、もちろん綺麗ごとばかりではないです。大変なことはいくらでもあります。ですが、クライエントの力強さと人生の豊かさを、私が教えてもらったような気がします。こうした時、この仕事をしていてよかったなと感じることがあります。
また、臨床の先達の努力を目の当たりにしたことも私の原動力になっています。臨床を始めたころ、本で出会う先生方はたくさんの問題を解決するスーパーマンのように思っていました。ですが学会や勉強会に参加するようになって、先生方の試行錯誤している姿を知ることができました。多くの議論を重ねながらも進み続けるその姿は本当にかっこいいですし、自分もそうなりたいと思います。実は、こうして書くことの後押しとなったのもそうした姿を拝見してきたからです。まだまだこれから臨床の世界を冒険したいと思います。