
秋田書店 2018年
良い意味でタイトルの第一印象を裏切るマンガ作品『僕の心のヤバイやつ』をご紹介します。この「ヤバイやつ」とは、激しく揺れ動く思春期の心を表しています。時にギャグを交えつつ、主人公の心の声を通して、思春期男子の心理がリアリティ満載で描かれている稀有な作品です。
主人公の市川京太郎は中学2年生。友だちがいない「ぼっち」で、猟奇的な空想を行う少年です(あくまで空想であり、作品を読み進めると心優しい少年であることがわかります)。そんな彼がとても気になっているのが同じクラスの山田杏奈。美人でモデルをしており、明るい性格で友だちも多い少女です。陰キャ男子と陽キャ女子。一見不釣り合いに見えるこの2人ですが、図書室で偶然交わした会話から、少しずつ接点が生まれていきます。この物語は、単なる恋愛モノではありません。思春期の少年少女の心の成長が丁寧に描かれています。以下、この物語の臨床心理学的な見どころをご紹介します。
ひとつめの見どころは、京太郎が自分の気持ちに気付いていくプロセスです。山田杏奈から目が離せなくなっている自分の感情を、彼は初め理解することができません。自分はおかしくなってしまったのだろうかと真剣に思い悩む様子が描かれます。そこには彼の優しさと、人と関わりたい気持ちがにじみ出ています。しかし彼はすぐに気付くわけではありません。自分の行動が変わったこと、自分の身体が呼応すること(ドキドキしたり、涙を流したり)によって、その自分の変化を誠実に見つめていくうちに、やっとの思いで気が付くのです。その道のりは険しく、苦しみながら成長していく過程が繊細に描かれています。
次の見どころは、人との関わりを拒んでいた京太郎が、少しずつ人を信用できるようになっていくプロセスです。もともと京太郎はコミュニケーションが苦手でしたが、山田杏奈に出会ってからは、彼女の天然の明るさにアシストされて、普通に話せるようになっていきます。彼女との出会いが決定的に重要だったことは確かですが、この物語の魅力は「2人の物語」に収まらないところにあります。徐々に京太郎は他のクラスメイトとも関われるようになっていきます。特にコミックス8巻の体育祭では京太郎が捨て身で友人に関わるシーンがあり圧巻です。
以上、2点の見どころを挙げましたが、両方とも臨床心理学的に見て興味深いと思うのです。人の心の支援に携わるとき、通常はその人の「困りごと」を直接解決しようと努力することと思います。しかし、その人の抱える問題がより困難である場合は、すぐに解決そのものを目指せないことも多いと考えられます。そのような時は、この物語が示すように、ゆっくりと自分の心を知ることや人間関係が育まれることによって、世界の見え方が変化し、結果として「困りごと」の姿が変わっていくこともあるのではないでしょうか。一見、遠回りに見えても、この道筋もまた心の支援を考える一つのヒントになると思われます。