「笑う門には福来たる(笑門来福)」ということわざがあります。『広辞苑(第六版)』によると、「いつもにこにこしていて笑いが満ちている人の家には自然と福運がめぐって来る」と書かれています。どうやら「笑う」ことの中には希望があるようです。
ユーモアと笑い
普段の生活の中で、私たちは何かに対して「おもしろい」と感じた時に笑います。冗談やギャグなどの刺激を「おもしろい」と感じれば笑いますが、おもしろいと感じなければ笑わない(笑えない)のです。ですから、「笑い」には「おもしろいと感じること」が必要なようです
心理学研究にみるユーモアと希望
人間の正常で健康な側面を重視する心理学の分野である人間性心理学では、ある種のユーモアは自分を失うことなく平静を保たせる働きや、成熟した人の特徴でもある自分を客観視する力を示すなど、人のこころを支える側面をもつ、と考えられています。この人間性心理学が言うある種のユーモアは、上野が分類した「支援的ユーモア」と似ているように思えますが、本当にそうなのか、は実証されていません。そこで、ユーモアに対する態度と抑うつ感との関係を調べたところ、支援的ユーモアを好んでよく使う態度は「嫌なことがあってもあきらめず、頑張り続けようとする気持ち」や「悪いことがあっても仕方ない、人生そんなこともあるさ、と思える気持ち」を強め、その結果として抑うつ感を低くしているということが分かりました。そして、この働きは遊戯的ユーモアや攻撃的ユーモアにはみられない支援的ユーモア独自の働きでした。そしてもう一つ、支援的ユーモア独自の働きとして、支援的ユーモアを好む人ほど自分自身を客観視する傾向があることが分かりました。落ち込むことや辛いことがある時に、気持ちを支えるために楽しいことを考えたり、人を励ますために笑わせようとする態度(=支援的ユーモア)は、私たちが辛い状況で自分を失わず、辛さに負けずに乗り越えるための力となるのです。
映画に描かれるユーモアと希望
映画の中にもユーモア(=おもしろい・楽しいと感じること)が人に希望をもたらすことが描かれています。『ライフ・イズ・ビューティフル』では、絶望的で恐怖に圧倒される強制収容所の生活の中で、息子は父親の楽しもうとする発想や話術によってその生活を「おもしろい」と感じて楽しみながら過ごします。そして解放されるその日まで、息子は希望を失うことなく過酷な日々を生き延びることができました。『パッチ・アダムス トゥルー・ストーリー』は、治療の一環としてユーモアで患者を楽しませることが重要だと考えて実践した実在の医師がモデルとなった映画ですが、「ユーモアは人が希望を失わずに生きるために力を与えてくれる」ことに改めて気づかされます。これらの映画に描かれているのは、まさに楽しむことが絶望や恐怖の中にあっても希望をもたらし、人のこころを救う、そんなユーモアの力です。
笑うことがもたらす希望
アメリカの著名なジャーナリストのノーマン・カズンズが、回復する見込みが少ないと宣告された自身の難病の治療に「一〇分間大笑いする」ことを取り入れたところ、全身の痛みが緩和され数か月後には回復を遂げたという報告が、笑うことが健康にもたらす効について研究されるようになったきっかけの一つと言われています。日本でも、漫才や喜劇などで大いに笑った前後でNK細胞(ガンへの免疫力)の活性が高まることや痛みに苦しむリウマチ患者さんが笑った後には痛みの程度が低くなること、アレルギー疾患の患者さんのアレルギー反応が弱まることなど、笑うと症状が軽減したり改善したりすることが実験によって明らかになりました。「健康のために運動しましょう」とよく言われますが、笑うという身体的な活動も私たちの体に良い影響を与えることが分かりました。では、何もかもがおもしろいと感じられないとき、笑えないときはどうしたらよいのでしょうか?
ここまでは「おもしろいから笑う、おもしろくなければ笑えない」と考えてきましたが、実は、作り笑顔でもその表情筋の動きから脳は楽しいと勘違いしてポジティブな気持ちになったり、おもしろくなくても「わっはっは」と笑うことが楽しい気持ちを生み出したりすることが研究で明らかになっています。「まずは笑ってみる」ことの中にも希望が見つかりそうです。
三つの希望のトリセツ
日々の生活の中で、嬉しいことや楽しいこともあれば、悲しいことや悔しいこと、腹が立つこともあるでしょう。先が見えない、夢も希望もないと絶望的な気持ちになることもあもかもしれません。そんなときのために三つの「トリセツ」をお伝えして終わりにしたいと思います。①失敗や挫折も、ひと呼吸おいて視点を変えてみましょう。クスッと笑えて「大丈夫」と思えるかもしれません。②辛い時や気持ちが沈む時も楽しいことを見つけて笑ってみましょう。少し気持ちが楽になって前に進もうと思えるでしょう。楽しいことが見つからなくても声を出して笑ってみましょう。気持ちが軽くなって楽しいと感じる余裕が生まれるかもしれません。③ちょっとした笑いを人と共有してみましょう。あなたの笑顔で相手が笑顔に、相手の笑顔であなたが笑顔になって、その場には明るい気持ちが生まれるでしょう。
私たちの希望……それは大丈夫と思えること、楽しいと感じられること、誰かと明るい気持ちを分かち合えること。そこから、前を向き、前に進もうと思う力が湧いてくるのです。
参考文献
上野行良(二〇〇三)『ユーモアの心理学ー人間関係とパーソナリティ』サイエンス社
木村洋二編(二〇一〇)『笑いを科学するーユーモア・サイエンスへの招待』新曜社