巻頭対談: 坂口恭平×岩倉拓
岩倉 お会いできてとても嬉しいです。坂口さんは我々心理業界にとっても注目の的なので。
坂口 あー、ほんとですか!
岩倉 「いのっちの電話」(自らの携帯番号を公表し、自殺願望を持つ人の電話相談を受けている)の活動が素晴らしくて、今日はその話を中心に伺えればと思います。
坂口 岩倉さんのようなカウンセラーの仕事って「人の話を聞く」ことだと思うんですけど、僕の場合はちょっと違っていて・・・。
岩倉 はい、たしかに。カウンセリングには「傾聴」というものがあるんですが・・・。
坂口 いや、これはもう何度も言ってるですが、僕には傾聴は無理で(笑)、やっぱりサジェスチョンをしないと意味がないと思ってるんですよ。いわゆる「忠告」ですね。忠告って悪いイメージがありますよね?
岩倉 あんまりカウンセラーは好まない言葉ですね(苦笑)。
坂口 でも忠告っていうのは実はすごい重要なことなんですよ。お互いに「忠誠」があるからこその「告白」なんで。僕はもうそれしかやんないです。
岩倉 助言でもなく、忠告なんですね。
坂口 うん、忠告です。その代わり真剣にやります。例えばこの前「身内が亡くなりました」と電話してきた高校生がいて「周りに誰もいなくなった」と。で、「俺が当面のお金を払うのはいいんだけど、お前なんかしたいことないの?今後の将来のこともあるし」って言ったら「詩と小説が好きで・・・」って言うから「じゃあ、詩を一回書いて」って。しかも「今すぐ書いてそのまま写真に撮って送れ」っ言って。「それ売るから」。
岩倉 売るから?
坂口 うん。で、俺それ売ったんですよ。一枚五〇〇〇円で。で、「二〇人分書け。同じ詩でいいから」って。そしたら二〇人売れたんですよ。つまり、いくらほしいかって聞いてたら「一〇万円あれば、しばらくはやりくりできそうです」って言うから「じゃあ俺が一〇万稼ぐ方法を教えましょう」みたいな。もうその会話で、死にたい状態とかどうでもよくなるんですよ。
岩倉 売れたんですね(笑)。たしかにモードが全然違くなりますもんね。
坂口 僕が得意なのは、すぐその場で知恵を出すことなんですね。その人のルーティンを作ってあげるっていうか。自分の子どももそうだけど、スケジュールを作ってあげるとテストではいつも一位なんですよ。だから勉強なんか教えなくてよくて、勉強のスケジュールだけ僕が教えればいいんで。大事なのはいわゆる「段取り」なんです。僕の場合は基本的に段取りができれば、だいたい「人助け完了」です(笑)。それをカリキュラムの中でやると作業療法になっちゃうんで、もう全部ぶっつけ本番です。「作業」を本番として常にやるっていうか。
岩倉 すごい・・・。真剣勝負ですね。その場で社会とつなげるってことですね。
坂口 いや、社会とつなげるっていうか、この瞬間に俺が対応していることこそ「社会」だから。ここで噓つくやつはどこでも噓つくって言って(笑)。「俺はお前の個人情報を何も聞かないで信用するぞ」と。これは表面的に付き合ってたら絶対にできないんで。一時的に、急激に、その深さまで行く。だから深度が大事なの。
岩倉 「電話して話を聞いてもらった」だけじゃない体験ですね。坂口さんに出会う、というか交わる。
坂口 そうそう。だから僕の場合は「死にたい人しか電話をかけてくるな」って言ってるんですよ。その人が誰にも言えないことを直接俺に言うわけだから。もうそのレベルの話からいきなりできるんで。普通のカウンセリングだとまず「はじめまして。お名前は?」ってなっちゃうじゃないですか。だから初めから門戸をわざと「死にたい人」という緊急用にしてるわけ。誰でもいいと門戸を広げるとこちら側で選別しなきゃいけなくなって、それには時間がかかるんですよ。
岩倉 たしかに。わたしたちはその見極めを「アセスメント」と言うんですが、それは省略して特化集中しているわけですね。
坂口 僕は徹底してOS(オペレーティングシステム)を重視するので。いかに楽に回せるかっていう。そうやってもうずーっと一〇年間やり続けてるんで。で、「いのっちの電話」がたぶん他のボランティア活動と違うのは、ガチンコで余裕で回ってるんですよ。理由は俺一人のマンパワーの回転が速いからなんだけど。で、なんで回転が速いかっていうと、完全にオーダーメイドのわりにほぼ力を使ってないんで。精神科医の斎藤環さんは「坂口さんのやっていることにはたぶん『技術』があるんじゃないか」って言ってますけど。
岩倉 絶対にありますね。一〇年の経験知でそれをさらに研ぎ澄ませている。
その人の「声」を調律する
坂口 対応の仕方はケースバイケースではあるんだけど、「あ、ここでこうすると死なないんだ」とか、そういうことがわかるっていうのが大事で。僕の場合は「どうすれば死なないか」っていう実例が単純にいっぱいあるんですよ。カウンセラーの資格も重要だけど、「声のデータベース」をそれぞれの体の中に蓄積していくことの方がより重要で。誰かからやり方を習うとかじゃなくて、人の声をどこまで聞き続けるかっていうのが唯一の鍛錬になる。それがある程度の数を超えてきたら・・・。
岩倉 パターンも見えてくるわけですね。習うのではなくて、聞き続けてそこから学ぶというのも示唆があります。
坂口 で、俺が見つけたのは、その人の性格や人格の前に「声」があるってことで。例えば、人格から言葉が出てくるんじゃなくて、しかも言葉に意味があるんでもなくて、まず先に声っていうものがあって、俺はその声しか聞いてないんですよ。「困ってます」「悩みがあります」っていう電話を何万件も受けていると、もう悩みに意味がないことがわかってきて。悩みの細かい内容じゃなくて声なんですよね、やっぱり。
岩倉 それは声の質ということ?
坂口 声って実はすごくって・・・。だって、かけてくる相手は実体としての俺を知らないんですよ。しかも半数以上は、たぶん俺が何者かすら知らないんですよね。にもかかわらず電話してきて、にもかかわらず死んでないんですよ。だったらもう声だけでいいでしょと。
不思議なのはポジティブなことを言っている声には結構多様性があるっていうか、しかも瞬間的に変化したりするんで分類しにくいんですね。でも調子が悪いときの声って男女でそれぞれ一〇種類くらいしかないんですよ。指紋みたいな感じで声紋みたいなのがあって、調子がいいときと調子が悪いときとは声紋が違うんですよ。だから声紋の悪いときに話を聞いても、その人がそこで使ってる言葉の内容っていうのはポイントじゃないんですよ。俺がやっているのは声の調子を整えるっていうか、声を調律してるんですよね。
岩倉 なるほど。声に介入してその変化を見ている。声を出している身体というか本体を感じているんですかね。
坂口 調律するためには内容を聞いてちゃ駄目で。結局、悩みを独白してるときの声とこっちが横やりを入れたときの返事の声っていうのは声紋が違うんですよ。だからわざと怒ったふりをするとか、ちょっと語気を強めたりして・・・。
岩倉 流れを変えて相手の調子を変える、声の調子の変化で判断しているんですね。
坂口 そう。別の波を当てない限り、その波は変化しないんで。みんなで同じ波になってると、一緒にぐーって落ち込んでいっちゃうだけなんで。で、そうやって相手の声紋が変わればカウンセリングできるんですよ。これがメールだとまったくできないんですよ、俺の場合。
岩倉 変化の波を与える、すごいな。逆に対面しなくていいんですか?
坂口 対面すると、人間っていうのはどうしても異性であれば男女の関係が入ってくるし、同性だと言えないことが出てくるんですよ。だから俺の場合はそうした状況をカットするために声だけを聞いてる。毎日電話を受けて精度を上げて・・・。カウンセラーの人って休んでるでしょ?俺は休めない。これが差なんですよ(笑)。
従来のシステムや常識を超えて
岩倉 坂口さんは今の社会に最も必要とされていることを実践されてますよね。カウンセラーの立場から言えば、実は「死にたい人たち」にはなかなか手が届かないんです。
坂口 なぜ日本で毎年三万人が自殺してるかっていうのがポイントなんですよ。「悩みがあればカウンセリングに行く」っていう流れを知らない人、行っても良くなるのに時間がかかる人、正直に自分のことを話せない人たちがたくさんいて・・・。カウンセリングで初めに渡されるアンケートみたいなの、あれ書いてるだけでもう疲れてくるんで(笑)。俺は相手の年齢すら聞かないですからね。で、もう土足でガンガン踏み込むんですよ。なぜなら、そっちの方が簡単に治せるから。だから力もいらないし、めちゃくちゃ省エネなんですよ。みんな「わかりました。じゃあまた来週会いましょう」ってやりますよね。「そんなんで治るわけないじゃん!」って思いますよ。その間に空気もまた元に戻っちゃって。
僕の場合、「死にそうになったらまた電話して」「バイバイ」でもう終わりですから。薬なんか処方する必要ないんですよ。薬を使う理由は「私が面倒見れないからその間はちょっと薬をあげときます」だけです、たぶん。だからすべての精神科医が「二四時間すぐ電話して」って言えば、薬なんかいらないですよ。
岩倉 なるほど。二四時間支えることが大事だという考え方は、北欧やさまざまなところから出てきていますね。「いつでも電話していい」が大事なんですね。
坂口 それって結局、病院とかシステムとかを飛び越えて相手に関わり出したってことですよね。
岩倉 それよりも僕らはもっと地味に、あるいは守りながらやってる感じがあって・・・。例えば定期的、連続的にカウンセリングルームに来てもらってゆっくり変わっていくとか。その辺りに囚われているように見えますか?
坂口 いや、そのスタイルが合う人にはそれでいいですよ。でも俺の場合だと、人によっては一日に三回は電話をかけてきますよ。だから逆に言うと、俺からしたらそういうニーズが確実に、しかも大量にあるってことなんですよ。で、出した結論が「精神病はない」「精神病という概念はない」ってことです。もう薬物では治らない。さっき言ったように、薬で一時的に飛ばしたり緩和したりするとかはできるけど、それ以上の意味はないんですよ。
岩倉 そこまで言い切るんですね。普通は「躁うつ病の薬はこれで、ちゃんと飲み続けてください」ということをクライエントに守らせないと、とか縛られちゃいますが(笑)。
坂口 だって俺、一〇年以上前に躁うつ病って診断されて、すでに専門家なんですよ(笑)。診てくれた先生が言うには「みんな坂口さんほど躁うつに対する造詣が深くないから、私たちは西洋医学的に作られたガイドラインの中で治療するしか方法がない」らしくて。でも俺はもうとにかく「治らない」って言ってる先生は先生ではないって言ってるんですよ。「治る」って言う人だけが先生だから。精神科医でも「躁うつが治らない」って言ってる人は躁うつを診なきゃいいんですよ。診るからこんなゴチャゴチャする。
で、躁うつを治せる人はいるんですよ。薬物も使いながらだけど、やっぱりある程度は治せる。だから、精神病というものはないというか、もっと言うと病気はあるんだけど、その病気っていうのは原因がはっきりしてて、「治らない」みたいな問題ではないんで。みんな「うつ病で死にたいです」としか言わないんですよ。「違う違う、うつ病になる原因があるんだけど」っ。そうすると「子どもがなんとかで・・・」って。うんですよ。「いや、まずあなたと旦那の関係を教えてくれ」と。そうするとほぼ一〇〇パーセント、原因は旦那との関係なんですね。「家庭の問題」じゃないんですよ。「夫婦の問題」で「家庭」じゃないんですよ。もっと言えば、一人だと病気じゃないんです。病気ってただの対人関係でしかない。
岩倉 たしかに。それは重要な考えだと思います。実際、対人関係が病いの源である。病いも治癒も関係性宿っているという考えがあります。対人関係こそがそこから抜け出すための鍵になるんですね。
坂口 そうそう。病気っていうものがあるだけなんですよ。それ以外は別にないです。「ぐったりしてる」ってだけですよ(笑)。もし家の中にこもってても「家の中にいる人たちからの目線」とか、一人暮らしの人でも「社会からの目線」によって落ち込んでるんですよ。それで生活保護を受けている人たちがなぜか自殺を考えてる。「あなた一生食っていけるんでしょ」って言ったら「まあそうなんですけど・・・」って。
結局、今のカウンセリングってモデルが「病院」なんですよ、全部。そこでうまくいっていない人やそこからこぼれた人が俺のところに来てるんですよ。
岩倉 「病気―治す」というモデルだけではない、わたしたちにもやるべきことがあるというエールに聞こえます。
坂口 なんで俺がそれをやってんのかわかんないですけど、でも小さい頃から「これは必要だし、そのためにはこうすればいいだけじゃん」ってだけなんですよ。すぐに自分で一〇〇パーセントできることだけをすべて実現するっていうのを永遠に続けてるんで(笑)。
岩倉 はい、そもそも坂口さんの本を読んで感じていたんですが、坂口さんってもう決まってる、それしかないっていうような、言わば常識を超えて、全然違う視点からものごとを見るじゃないですか。
坂口 そうなんですか!?
岩倉 わたしからはそう見えます(笑)。カウンセラーにとっては、そういう視点の変換ができることはすごく重要なことなんです。みんな一人で考え込んで、囚われて、行き詰ってどうにもならなくなっている。カウンセラーはその状況をどう変えていくかが仕事なんですけど。今日直接お話しててもさらに思うんですけど、坂口さんが一つの思考や常識に囚われないのはどうしてなんですか?
坂口 でも俺からすると、結構俺まともなこと言ってないですか(笑)。そんなに突飛なアイデアは出してないはずなんですよ。俺からしたらシステムの方が異常なんですよね。
小学生のときに発見したんですが、いじめられている子ってみんな一人遊びが得意なんですよ。しかもその一人遊びが他の子とまったく共有できないレベルに達してるっていうか。エジプト文明をやたらと調べてる奴とか、楳図かずおの漫画をすべて覚えてる奴とか(笑)。「それどこで使うん?」っていう知識や技術をもってるんだけど、なぜかそういう人たちが周囲から浮いていじめられてるんですよ。でも俺からしたら、この人たちはいじめられていまは弱い立場にいるけど、ある部分では非常に強くて、「クイズダービーを全部暗記している人」みたいに別の固有の名詞を持ってるんですね。で、昼休みのあいだ図書室を借りて、その子にクイズダービーをやらせたんですよ(笑)。
岩倉 なるほど。やはり自由だ(笑)。
坂口 そうすると、その昼休みの空間だけはその子がいじめられなかったんですよ。つまり、その能力を発揮してるときだけは。で、終わったら普通に戻ったんですよ。一時的に俺らが自由な状態を作っても、みんなが作ってるシステムっていうのはかなり強固で、どんなにとろけてスライムになってもすぐに乾燥して氷みたいに戻る。「あっ、これ学校のシステムの中ではいじめを防止するっていうのはほぼ不可能やろうな」って気づいて。だったら昼休みとか放課後の時間を延ばすしかないなって。僕はそういう経験しかしてきてないんで。
みんなは誰かに認められて、公認のカウンセラーになってからカウンセリングをしようとしてるでしょ。僕にはその思考はないですから。
岩倉 いま「公認心理師」っていう資格ができて、国の制度の中に組み込まれつつあるんですけどね。
坂口 そうでしょ?だからもうそんなのいらないんですよ、っていうことを教えてあげたい(笑)。そんなことより、柔道とか茶道とか合気道じゃないけど、三段、四段と上達してくると結局は人格が問われるというか。そんな感じなんですよ、俺からすると。
岩倉 システムと個人のことですね。とても大事な示唆です。
人の生と死に向き合う
岩倉 そういうやり方の中で起きる事故やリスクはどう防ぐんですか?
坂口 いや、事故は起きるんですよ。で、もし起きたときはむっちゃ真面目に対処すればいいんです。俺もわかってる人で一人、死んでますから。俺と電話したあとに自殺してるんですよ。もう死を決しているのは声でわかります。そういう人は俺を引っ張らないんで。引っ張る人っていうのは生への執着がハンパないです。
僕の活動を手伝ってくれる人もいるんですけど、一番初めに伝えるのは、とにかく人の死に関わる可能性があるからそこは覚悟しとけよってことで。そこの覚悟がないままこの道に入っちゃいかんわけで。でもそれは忌避すべきものでもないし、俺からすると自分の誇りにもつながることなんです。だって「お金が入らないのに生きてるだけで幸せ」っていう世界がこっちだと思ってるんで。
だからさっきの話に戻ると、カウンセリングをやるって俺からするとそういうことなんですよ。生と向き合う。死と向き合う。死がありえることも前提とする。こういうことって例えばお医者さんにとっては当然ですから。毎日、自分の周りで誰かが死んでるわけでしょ。
岩倉 そのとおりですよね。
坂口 いまは「こじらせ自殺」が大流行してて、死ななくていい人間が死にすぎてて・・・。俺はもうそれを悲しんでるの。だから毎日電話に出てて・・・。でも現実問題、年に三万人以上出てんですよ。もし知っている一人以外に、俺との電話のあとに死んでいる人がいたとしてもおそらく一〇〇人くらいですよ、正直。もしそれがなかったら・・・。
岩倉 自殺を止めている数がすごいってことですよね。カウンセリングの世界では自殺対策として「ゲートキーパー」など、身近にいる誰かが自殺したい人の気持ちを聞ける状態にしようということをやっています。基本的には関係を作ることが原則で、精神科医との連携も大事ですね。
坂口 でもそれは、さっきの病院のモデルといっしょで「会社」の中で起きてる話ですよね。僕が言ってるのは現場での直接のやりとりの中の話なんですよ。で、自殺対策の唯一の方策は「連絡が二四時間とれる」ってことだけなんですよ。俺がこんな簡単すぎる結論を出してるのに、なんでそれができないんだっていう。ゲートキーパーなんか誰かに任せなくていいから。
なんて言うか、「警察署の横で火事が起きてるときに警察官って寝てるか?」「バケツリレーするやろ」ってそういう感じなんですよ。結局、会社の理論というか近代の理論って「火を消すのは消防署」「取り締まりをするが警察署」でしょ。これって「死体反応」なんですよ、はっきり言うと。例えば、食物の栄養素を吸収するのは胃の役割なんだけど、胃がおかしいときにはそれに近いことを腸がやるわけです。で、自殺対策っていうのは「生体」なわけですよ。死体じゃなくて。生体反応的な動きをしなくてはいけない。そうすると、警察官がバケツリレーをしなきゃいけないっていう意識を常に持っておかなきゃいけないんですよ。
岩倉 やれることをいますぐやれ!と喝を入れられた気がします。話していると自分の不自由さを感じますね。
事業としてのカウンセリング
坂口 で、結論は「ワンコールで出てあげたらもう一発で大丈夫」です。みんな忙しい人ぶって友達から電話が来ても出るのは三コールか四コール目くらいでしょ。俺なんかもう半コールで出ますから(笑)。絵を描いてる途中でもパッて出ちゃうから、そうすると「すいません、間違えました」ってだいたい切られる。そういう人たちは全然いいんですよ、それで。
岩倉 出るのが早すぎて驚かれる(笑)。
坂口 原稿を書きながら全然しゃべれますから。「あ、ごめん聞いてなかった。なんだって?」って(笑)。「でもさ、俺も仕事しながら無償でやってるんだからしょうがないでしょ」って。「今ちょっと原稿に夢中になってたんで一回切っていい? 一〇分後にかけ直すから」って。そうしたらみんな「いいですよ」って言うんですね。
岩倉 それはそうでしょうね(笑)。
坂口 俺の場合は「ちょっと今日は無理だから切っていい?」と言えるくらいの方がいいんですよ。お金をもらうと断れなくなるでしょ(笑)。ただ、これからの世界の中で最大のトピックっておそらく自死や自殺だと思うんですよ。だから、結局はお金になるんですよ。俺はわざとお金はとってないですけど。それこそApple とかAmazon が「金になる」ってわかって取り組むような気がするんですよ。たぶんアメリカは完全に市場としてやっていくでしょうね。そういうシステムになっていく。カウンセリングという仕事自体が変化してきているわけで、いまはたぶん黎明期のAmazonみたいな状態だと思うんですよ。「それ、誰がネットで買うの?」みたいな。どうせみんな買うようになるから(笑)。
岩倉 なるほど。我々にとってもすごい大事な市場というわけですね。しかも「成長産業」であると。
坂口 こうした話はもう少しオープンにみんなで話した方がいいし、何をお金に換えるのかとか、どうやってお金にするのかとか、そういった仕組み作りまで、もっとみんな自由に考えたほうがいいですよ。やりようによっては収入がない人を救済するシステムもできるわけじゃないですか。
結局、「いのっちの電話」で「この人は死ぬかも」って思う人は年に三人くらいしかいない。だけどいま、なんでこんなに自殺者がいるかってことなんですよ。俺からすると全員の電話に出られれば、その率は格段に下げられる。もう国が動くのが難しければ、資金はすべて寄付で集める。すべてのいのちの電話を私たちのライフラインとして全部まかなう。
岩倉 それで自殺者が本当に減らせますか?
坂口 それで減るし、はっきり言うと金銭的にはどんどん豊かになりますよ。例えば、毎年二〇億あれば、五〇〇人のカウンセラーを四〇〇万円で雇える。みんなで連絡を取りながらすべての電話に二四時間、絶対に誰かが出るシステムを作る。もうそれだけで自殺問題は一発で解決します。それは国に言わなくても余裕でできるんです。その事業に二〇億寄付してくれる人はきっとたくさんいますよ。
岩倉 坂口さんには「ニーズ」と「市場」が見えてるわけですね。
坂口 で、俺はお金はもらわなくていいんで、もっとカウンセラーの人たちにお金を払ってやってくださいって言います。本当はもっと儲けられる仕事なんだから(笑)。
岩倉 だから我々も仕事を上からもらうんじゃなくて、自らの手で仕事を作っていくということですよね。今日はとても大切なことを教えてもらいました。
坂口 将来的にはカウンセラーのライバルって人工知能とかになると思いますよ。「坂口さんのこれまでの声のデータベースを全部もらって読み込ませたら、かなりの自殺防止AIが作れる」って相談を受けたりもしてますからね。しかも声だけでいいわけだから。たとえ俺が死んだあとでも、そういうAIが何体かあればいいわけです。だから、今後はそうしたAI化も視野に入れつつ、カウンセラーの人たちは自殺防止に貢献できると思って、使命感を持ってそれに臨むべきというか・・・。だからカウンセラーって本当に面白い仕事だと思いますよ。まあ俺はカウンセラーじゃないんですけど(笑)。
岩倉 いや、でも坂口さんがやってることは、あえてカウンセラーとの共通点で言えば、一人の人が一人で行き詰まってるものに、違うリズムを入れて動かしていくというか、つまりシステム、既成概念をぶっ壊す人なんですよね。だから、いままで「こうやって生きなきゃとか」「こうしてカウンセリングやんなきゃ」と正しいと考えていたことが、今日も話しながら、全部バーッと壊れて「なるほど、そういう道があるのか」とか「でも自分にはできないな」と思う運動がわたしの中で起きていました。坂口さんのようには決してなれないと思うんだけど、こちらの頭の中の枠組みが壊されて新しいものに組み変わっていく感じを今日は常に感じていました。全部は変われなくても、明日は少し考え方が変わるっていう力を持っている、これが坂口さんのすごさだと思いましたね。あともう一点。そのためには覚悟が必要で、死と向き合う覚悟が必要だって言ってることは忘れないでおきたいです。坂口さん、気さくに明るく話してくれるんですけど、めちゃくちゃ真剣に向き合ってると思いました。 だからA I では無理かと(笑)。今日はどうもありがとうございました。
坂口 いや、最後そういう話でいいですか?やっぱりお金の話をしないとモチベーション上がんないんでしょ(笑)。
坂口恭平(さかぐち・きょうへい)
一九七八年、熊本県生まれ。早稲田大学理工学部建築学科卒業。作家・画家・音楽家・建築家など多彩な活動を行う。二〇一二年より、自身の携帯電話の番号を公開し、「いのっちの電話」として、現在も年間平均一万人を超える「死にたい人」の話を聞き続けている。著書に『0円ハウス』(リトルモア)、『独立国家のつくりかた』(講談社現代新書)、『自分の薬をつくる』(晶文社)、『躁鬱大学』(新潮社)、『土になる』(文藝春秋)、『いのっちの手紙』(斎藤環との共著・中央公論新社)、『よみぐすり』(東京書籍)など。画集に『Pastel』『Water』(いずれも左右社)がある。
岩倉 拓(いわくら・たく)
横浜国立大大学院教育学研究科修士課程修了。臨床心理士。精神分析学会認定心理療法士。電話相談員、精神神経科クリニック、スクールカウンセラー、大学病院心理士、保健所・乳児院コンサルタント等を経て、現在あざみ野心理オフィス共同主宰。