こころは見えないけれど感じることはできます

 ロックバンドQUEEN のボーカル、フレディ・マーキュリーがこぶしをふりあげて歌うとき、彼の“こころ” がわたしたちに直に伝わってきます。映画「ボヘミアン・ラプソディ」の大ヒットの理由の一つは、バンドのメンバーの歴史や心情が丁寧に描かれていたらでしょう。フレディの生まれ、コンプレックスゆえの野心、そして愛情や性指向の矛盾と孤独。さまざまな出会いと別れと再会。それら人生の心模様の振幅の中からあの楽曲が紡ぎだされ、歌われていることに、映画は改めて気づかせてくれたのです。
 文字がない文化はあっても歌がない文化はありません。歌や音楽は、こころの反映であり、こころを表現する欠くべからざるものなのです。

音楽≒(ニアリーイコール)こころ。

 あなたが今、ヘッドフォンで聴いているその音楽、カラオケで歌う歌、口ずさむメロディーもあなたのこころのあらわれです。やさしい癒しのメロディー、激しいビート、時には無機質でわけがわからないリズム。恋の切なさのバラード、絶望の旋律、決意と勇気を奮い立てるロック。こころと並走しながら、日々刻々それらは変化し、ある時にはある音楽が聞きたくなり、ある音楽は絶対に聴けないでしょう。
 そして私たち心理臨床を営むものにとっても、音楽は示唆に富み、こころを理解するための入り口であり、癒しそのものでもあります。熟練になると、相談者に会うとその人なりの音楽のようなものが聞こえてくるといいます。あなたもこころによくよく耳を澄ましてみると、あなたの心臓音をビートにしたあなたの音楽が聴きとれるかもしれません。
 こころと音楽の関係に注目して本特集は組まれました。是非、耳を傾けてみてください。

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