巻頭対談: シオリーヌ×香野 毅
香野 まずは自己紹介から始めていいでしょうか。
シオリーヌ はい、お願いします。
香野 私は静岡大学というところで教員養成の仕事をしていて、専門は特別支援教育、いわゆる障害児教育ですね。そこで障害のある人たちに性教育をやろうという流れがずっと前からあって、いろいろ調べていくと当然シオリーヌさんに出会うことになるわけです(笑)。
シオリーヌ ありがとうございます(笑)。
香野 私がシオリーヌさんのYouTube動画を見始めたのはけっこう前で、2019年頃からなんですよ。
シオリーヌ すごいですね。最古参じゃないですか。動画の投稿を始めたばかりの頃ですね。
香野 これはもう何度もお話しになっていると思うのですが、そもそもYouTubeで性教育をやろうと思われたのはどんな動機だったんですか?
シオリーヌ もともと産婦人科の病棟で助産師として新卒で働き始めて、最初の1、2年はその病棟の業務に慣れるので精一杯だったのですが、3年目ぐらいから自分の専門性というか、どういうことに興味があるのかいろいろ考えるようになったんです。そこで性教育に自分はすごく関心があることに気づいて、そこから民間の資格を取ってみたり、少しずつ情報発信の活動みたいなものをするようになりました。それが2017年ぐらいの話です。
最初は、例えば看護学校時代の同級生が働いている学校から声をかけてもらって性教育の授業に出かけてみたりとか、そういうことを始めたんです。けれども、リアルの場で会えるお子さんの数ってやっぱり少ないですし、性教育といっても本当に幅広いトピックを話す必要がある中で、限られた時間で伝えたいことをすべて伝えるのは難しくて、「せめてこれだけは知っておいてください」というふうに情報を絞り込んでお話ししているような状況でした。そこで、もっといろんな方に広く届けられる場所で伝えることを考え始めて、2019年からYouTubeという媒体を使うようになりました。
香野 シオリーヌさんは当時、20代でしたよね?
シオリーヌ 今から5年前だから27歳とかだったと思います。
香野 20代の女性の方がそういう話をすることにすごく価値があったというか、インパクトがありますよね。
シオリーヌ 最初は中高生くらいの年代に向けて、自分の体に第二次性徴が起きる話とか、大人になる前に知っておいてほしいことを伝えたいという思いでYouTubeを始めたんですが、いざ始めてみるとすごく幅広い年代の方が観てくれているんですね。70代の人から「自分はこんな話をどこでも習わなかったけれども、とても大事なことだ」みたいなコメントが来たりして。こうした上の世代の方もそうだし、それこそ性教育について習わないまま20代、30代になって、いざ自分が妊娠や出産を考え出したときに必要な情報ってあるし、対象は中高生だけではないということを動画の配信を続けていく中でどんどん実感してきて、そこから広がっていった感じはありますね。
香野 私も勉強のために教科書や書籍を読みますが、そこで初めてと言っていいぐらい生理の仕組みをしっかり学びます。むしろ「伸びしろ」は私たちの年代の方こそ大きいと思いますね。
シオリーヌ いや、本当にそう思います。最近も50代以上の方をターゲットにした性教育の本が出て話題になっていましたよね。大人の学び直しみたいなことは、性教育を届けている中ですごく必要性を感じている部分でもありますし、一方で、中高生向けの性教育、例えば学校の中で行われている性教育についてはやっぱり制度から変えないといけないという課題がまだまだ残っているんですね。じゃあ、そこを変えたいと思ったときに、誰にわかってもらわなければいけないかというと権限を持っているのは50代から70代くらいの男性の方が多かったりするので、そうした人たちにわかってもらわないと、子どもたちにも届けられないという大きな問題意識はありますね。
オンライン活動への反応
香野 YouTube のようなオープンな形で性について話すことでいろんな反響があったと思うんですが、ポジティブなものがある一方でネガティヴな反応にはどんなものがありましたか?
シオリーヌ 私の活動に対しては、いわゆる「寝た子を起こすな」みたいな反応はそんなになかったんですが、一番多くて嫌だったのはオンラインセクハラですね。やっぱり若い女性が顔を出して、あっけらかんと性の話をしていると、話している内容は性教育の話をしているだけなんですけど、この人は性の話をこんなにオープンにしゃべっている人だから性的な欲求をぶつけてもいいんだと捉える人がすごく多くて。
例えば、生配信をしていると、マスターベーションを見せろとかセックスの実技指導をしろとか、もっと服を脱げというコメントが来たり、ダイレクトメッセージで性器の写真が送られてきたり、そういうことは数え切れないほどありました。
香野 すごくショックを受けています。想像した答えはアンチ性教育だったので、予想とまったくちがいました。
シオリーヌ 性教育の話とアダルトコンテンツの区別をしてもらえないことに驚きましたね。もちろん心が元気なときは、こういう人にこそ性教育は必要なんだろうなと思って終わりなんですが、でもやっぱりそういうことがどんどん重なってくるとすごく気持ちも落ち込みます。あと、私の容姿へのバッシングもとても多かったですね。デブとかブスとか、「相手してくれる人がいないんだろう」みたいな、性教育とは全然関係のないバッシングがすごく来るんです。
やっぱりオンライン上で活動する人にとっては、自分の心の健康を保つのもすごく課題だと思っています。私もいろんな対策をして、自分がコメント欄を見る前に一回スタッフに見てもらって、明らかにただの嫌がらせは消してもらったり、写真が送れるようなダイレクトメッセージは閉じるとか。なぜこちらが自衛をしなければならないんだということは感じるけど、でも嫌な思いをするよりは元気に活動を続けられる方がいいなと思っていろいろ対策した結果、今ではそういう経験は減ってきています。
性別や環境による意識の差
香野 昨年、大学の学生と一緒に実施した調査があるんですけど、例えば、性的同意のことや避妊のこと、性感染症のことなどさまざまな項目を挙げて、「これって学校で教えるべきだと思いますか?それとも世間の中で知るべきだと思いますか?」と尋ねてみたことがあるんです。対象は大学生の男性と女性、教員の男性と女性に分けてやりました。
結果は思った以上に「学校でもっと取り扱ってほしい」ということがよくわかりました。そして、細かく見ていくと女子大学生と男子教員の回答の傾向がずれていたんですね。一番印象に残ったのは、性的同意や性に関するコミュニケーションの取り方を男性の年配者ほど扱いたくないということです。他の項目でも若干差は出るんですが、若い女性との違いが一番出たのはそこでした。
シオリーヌ ああ、やっぱりそうだろうなと思います。主語を大きくして「男性は」「女性は」と言うのはあんまり良くないなと思いつつ、性教育の関心度に関しては圧倒的に女性の方が高いというのはいろんなところで感じています。一般の大人向け講演会でも参加者がほぼ女性なんですよ。保護者向けでもやっぱりほとんどがお母さんです。そこで出る質問も「夫が理解してくれない」というのが本当に多くて。
やっぱり妊娠や生理というものを経験するのが女性であったり、性被害を受けるのもほとんどが女性だったりするので、性に関して自分が脅かされる、リスクを感じる、怖い思いをする機会が、この社会で女性として生きているとどうしても多くなることがあると思います。同時に、例えば自分の子どもを被害者にも加害者にもしたくないという思いも、女性の方が切実に抱きやすいという印象はありますね。
だからこそ、もっと学校で性に関することを教えてほしかったし、それこそ母親になってから子どもに教えたいと思うけれども、自分が十分に習ってきていないから教え方がよくわからないという問題はあると思います。
香野 性被害や性暴力といった項目も、やはり女子大学生が学んでほしいと上位に挙げたものでしたね。この調査ではいわゆる「学校知」と「世間知」のことを問うたんですが、あとからもう一つ加えればよかったと思ったのが「家庭知」です。特に性教育については、それぞれの家庭の中での取り組みが重要だったりしますよね。
シオリーヌ それはありますね。それこそ「お家性教育」という言葉がすごくメジャーになったり、そういう特集がテレビや雑誌で組まれているので、「お家で性教育は大事だよね」という意識はすごく広がっているけれども、でもやっぱり親御さんたちは、やらなきゃいけないのはわかってるけどどうやったらいいのかわからない、誰か助けてほしい、というそういう声が挙がっている状況がまさに今っていう感じがします。
香野 そうした人たちの期待が、学校で教えてほしいという「学校知」の方に来ているかもしれないですね。私たちは心理臨床の仕事をしていて、「個人差」とはよく言うけれども、同じかそれ以上に大きいのは「家庭差」なんですね。「性教育はお家でやってね」となったらものすごい差が出るだろうと思います。
シオリーヌ 確かに現状は親御さんがどこまでアンテナを張っているか、自分の中にあるハードルや抵抗感をどれだけ乗り越えてチャレンジするか、みたいなところにかかってますね。それは学校も同じで、やっぱりその学校の中に性教育に関心のある先生がいるかどうかで生徒が受ける教育はまったく違ってくると思います。本当は制度のところから変わってほしいと思うんですけど。
一方で、民間から提供される性教育コンテンツはすごく増えたと思うんですね。YouTube のチャンネルもたくさんの方がやられていますし、いろんなウェブサイトや本やアニメもあるし、今は性教育に取り組もうと思ったら、できることも使えるものもいっぱいあると思うんです。あとは性教育に関心を持っていない多くの方々に、いかに関心を向けてもらうかみたいなところが、今はすごく大きな課題だろうなというふうに思います。
香野 実は「今日、シオリーヌさんに会うんだよ」と周りの何人かに言ってみたんですが、「へえー(どなた?)」という反応の人と「ああ、いいですね!」と言う人がいて、関心のある人とない人がきれいに分かれているんですよね。
シオリーヌ わかります。すごくギャップが大きいですよね。だからこそ、今まで関心がなかった人にいかに興味を持ってもらうかが大事だと思っています。
ケアの仕組みづくり
香野 ちょっと話が飛んですみませんが、今、新しいお仕事として「産後ケア銭湯」の取り組みを始められていますよね。ご自身の出産・育児の体験もあると思うんですけれども、始められたきっかけはなんですか?
シオリーヌ あれはもう必要に駆られてというか、やっぱり自分も助産師なので産後の生活がすごく大変というのはもちろん知識としてありましたが、いざ自分が子どもを出産して、初めて自分が産後というのを体験したときに、しんどさが想像以上だったんですよ。30歳を過ぎて、まさか自分が眠くて泣くとは思わなくて(笑)。
このままでは産後うつになってしまうと思ってたんですが、ちょうどそのタイミングで民間の産後ケアホテルみたいなものを体験する仕事があって、一人でゆっくり休んで、ぐっすり寝たあとに会う我が子がもう可愛過ぎました。どんなに泣いていても、「やだ、可愛い」みたいな(笑)。
香野 見え方が変わったんですね。
シオリーヌ 親のゆとりってこんな実感したんですね。でも今、自治体で行われている産後ケアにはすごく課題が多くて、自己負担額は少ないけど使える人が限られていたりとか、申し込みの手順がすごく繁雑だったりします。一方で民間の産後ケアホテルみたいな施設もすごく増えてきていますが、1泊するのに6万円や7万円というのが相場なんですよ。
自分が寝たいというためだけに、一晩に7万円を払えるお母さんはどれだけいるのかと思ったら、やっぱり簡単に選べるものではなくて…。だから普通のお母さんが、「ああ、もう限界」というときに、ぱっと休めるものって世の中にないと思ったときに、一人で休める時間をお母さんたちに渡せる選択肢を、この社会の中で用意しておかないといけないんじゃないかと。そういう意識みたいなものがすごく芽生えて、やらずにいられなくて始めたという感じです。
香野 その取り組みは株式会社Rineとしてやっているんですか?
シオリーヌ もともと講演活動やYouTubeの発信は個人事業主でずっとやっていたんですけど、やっぱり施設さんの協力などを得ながら事業をおこなっていくには信用も大切だろうと思って、まず会社を作ったんですね。その中の事業の一つとして「産後ケア銭湯」をやっていたんですが、一年ぐらい仲間を増やしたりしながら実施していく中で、これは「営利目的の事業ではないな」と気づきました。
ちゃんと関わってくれる人にお給料を払いながら、会社にも多少の利益を出しながらやろうと思ったら、結局、お母さんたちから2万円や3万円といった利用料をもらわないとできないとなってしまって、でも、やっぱりお母さんたちからそんなお金は取りたくないよねという気持ちが拭えなくて。経営者としてはすごくダメなんですけどそう思ってしまったので、じゃあ、これはもう株式会社としてではなくて非営利団体であるNPOにして、いろんな方からの寄付とか助成金とか、そういうものを活用させていただきながらお母さんたちの負担を下げて、でも関わってくれる人にはちゃんとお礼を支払えるみたいな形を作る方向を目指した方がいいと思って、今年になってNPOコハグを作ったという感じです。
香野 なるほど、そういう流れや理由があったんですね。私は障害関係や福祉関係の人たちと一緒に仕事をする機会が多いんですが、「思いはあるけどお金がない」ということが多くて。単発でやって成功する人はいるんだけれども、それをちゃんと仕組みとして回るようにしていくところの知恵を出すのが難しいんです。それをシオリーヌさんは形にされたというか、形にしている最中なんですね。
シオリーヌ はい、チャレンジ中です。持続可能な形に、やりがいだけで走らないようにするために努力中という感じです。
性教育という枠を超えて
香野 最近の動画では旦那さんが出てきたりお子さんが出てきたりして、そういう家族の生き方というかライフデザインまで取り上げる対象に入ってきている感じですか?
シオリーヌ 自分がYouTubeを始めたときって、性教育の発信自体が本当に世の中に少なかったんですよ。そのため、コンドームの付け方とかアフターピルの使い方とか、基本的な授業っぽい内容をたくさん上げていたのですが、今はそういうコンテンツは数多くあるじゃないですか。今はそういうことよりも、性教育にはまだピンと来ていないけれども、何かのきっかけで、「ああ、性教育って大事なんだな」と少しでも知ってくれたらという思いで、家族の動画も上げています。私と夫がジェンダーについてちょっと話したり、同性婚が早く実現できたらいいよねとか、何かそういうところから、「これも性教育の話なんだ」と知ってもらえたらいいなと。もう自分の妊活とか出産のこととか、全部動画に上げていますね(笑)。
香野 全部観ました(笑)。夫のつくしさんとの関係がこれからどうなっていくんだろうとか、ちびりーぬさんはどういうふうに育つんだろうとか。そういうことを発信することで、小さい子どものいる家庭ってこういうふうになっているとか、夫婦ってこんなふうに協力したり、意見が合わなかったりしながら子どもを育てていくんだなあということを、若い人たちが観られるというのはすごいことです。
シオリーヌ 今って赤ちゃんが身近にいない人も多いじゃないですか。私が病棟で働いていたときも、我が子が産まれて初めて赤ちゃんを抱っこするという方がすごく多くて、赤ちゃんがいると自分の生活がどんなふうに変わるのか、夫が育休中に何をしているのか、どういう役割分担をしたらいいのかとか、そういうモデルケースを身近で見る機会って本当にないと思うんです。そのための疑似体験ではないけれども、夫婦でこういうふうに話し合ってシフト制でやったりするんだとか、そういう例を知っておくだけでもちょっと役立つ気がします。
香野 今、お話を伺いながら思い出したのが、ある女子学生が、赤ちゃんがいる生活ってどんな生活なのか調べたいと簡単な調査をしたんですね。大学生と実際に子育てをしているお母さんたちを対象に、子どもがいるとどんなことができたり、どんなことができなかったりしますか、というアンケートをしたんです。すると、学生の方は子どもがいると一緒に公園に遊びに行ったりディズニーランドに行ったりできると、何かこう「ゲット思考」なんですね。逆にお母さんたちは、トイレに行く時間がありませんとか、寝る時間がありませんとか、気づいたら肌が荒れていましたとか、そういう話がいっぱい出てきて、この結果を結婚する前の若い人たちに見せていいんだろうかと思いました(笑)。子どもがいると生活が本当に大きく変わるということを知らないというか、知る機会がないんだと実感しましたね。
シオリーヌ だから子どもを持ちたいかどうかということも、若い人にはそもそも考えづらいですよね。持ったらどうなるのかもわからないし、自分の生活がどう変わるかを想像するのも難しいと思います。そこで何かロールモデルがあるのはいいなとは思うんですが、夫のつくしはそれをプレッシャーだとも言っているんですよ。動画での夫の姿や言動を見て、彼のようになることを目指そうとしてくれる男性が多くて。
香野 私もその動画を観ました。つくしさんが「本当の俺は違うんだ!」みたいに言ってて…。
シオリーヌ 「私も育休を取って、つくしさんみたいに育児します!」みたいなコメントをしてくれる方もいて、夫はそれをとても嬉しく思いつつ同時にプレッシャーにも感じるみたいです。そんな完璧なパパじゃないのに、と。でもやっぱり今は、子育てに主体的な男性ってだけで少数派だったりするところがあると思うんです。だからうちのケースだけでなく、いろんなパパがどんなふうに育児に取り組んでいるのかを知る機会があるといいなと思っています。
香野 やっぱりいろんな人が性教育に関心を持つ入り口を広げていくというのが、今のシオリーヌさんの目標ですか?
シオリーヌ そうですね。今は講演会に呼んでいただくことがとても多くて、やっぱり若い年代の方々に必要な情報を届けるだけではなくて、その子どもたちを見守る地域の大人たちが、人権意識や性に関する正しい知識を持っていることが、子どもたちを守るためにすごく重要なことだと思っています。学校の先生方への講演とか、そういうところも頑張りながら子どもたちを見守る仲間をどんどん増やしていきたいですね。
「子どもの人権」を育む
香野 私は障害のことをずっと専門にしてきて、以前は、障害のある子っていろいろ難しいことがあったり大変なことがあるから、みんなで頑張って育てなくちゃと、あれもやろうこれもやろうとなってたんです。でも最近は、ちょっと全体のムードが変わってきて、今のまま、あるがままを活かしながら、あなたも頑張るけど私も頑張るよ、みたいな形で、特別なことをもう少し日常に下ろしていこうという流れになっているんですよ。
シオリーヌ なるほど。「受け入れてあげよう」みたいなムードとは違ってきているわけですね。
香野 はい。これまでは「上から目線だった」という反省があるんです。
シオリーヌ 性教育にもそれはありますね。子どもたちに教えてあげよう、何もわからない子どもたちを守ってあげようみたいな。だからこそ、性の情報を渡さないように囲っておくというような、そういう雰囲気があると思います。
香野 「渡す」「渡さない」の主導権が大人側にあるということですね。
シオリーヌ でもそれが、インターネットやSNSが出てきたことで、すべてが制限できるものではないという状況になりましたよね。もう何かを制限しようと思ったって無理なんだということを、大人たちが突きつけられている。隠しているだけじゃダメなんだという空気になってきた感じはありますね。
香野 障害の領域では「当事者さん」という言い方をしますが、「当事者」という言い方を好む人もいるし好まない人もいるので慎重に使っていますけれども、その当事者の方たちから、「いや、私たちは確かに障害を持っているけど、だからといって別に何かしてほしいわけではない」みたいな声が出てきているんですね。ここ数年、そういう動きが大きくて、同じように性のことも、子どもたち自身が、知るか/知らないか、知りたいか/知りたくないかを決めるんだっていうふうに動いていくといいなあと思いますね。
シオリーヌ 今はもう子どもたちの方から「ちゃんと教えてほしい」「大人たちが逃げるな」という声も上がるようになってきていますからね。子どもの声を聴くって本当に大事だと思うんですが、子どもの権利って大人が無視しようと思ったらいくらでもできちゃうじゃないですか。それが怖いなっていつも思っていて、大人たちがもっと真剣に、子どもの人権について考えないといけないなと思います。
香野 「子どもの権利条約」って改めて読んだらけっこう染みますよね。こんなにいいことが書いてあったんだって。
シオリーヌ 染みますね。私もよく読みますが、これは大人として考えなきゃいけないことだと、いつも読むたびに思います。
性教育の話を親御さんや学校の先生としていて、「性行為は何歳から許してもいいと思いますか」と聞かれることがあって、「まず『許す』ものではないと思います」みたいな話をすることが多いんですね。ほかにも「好きな人ができて子どもが告白しようとしているんだけれども、止めたほうがいいですか」とか。「止める権利はたぶん親にはないです」と、そういう話になることは多いですね。
香野 なるほど、親の方に権利があるという感覚なんですね。
話題が変わりますが、性教育を年齢の低い子や発達に遅れのある子たちに届けるために、その根っこはどこにあるんだろうとたどっていくと、おしっこやうんちやごはんの話になるんです。聞いている人からは、「それは性教育と繋がるんですか」と言われるんですが、僕の中ではしっかり繋がっていて、むしろ原点はそこじゃないかと。
シオリーヌ わかります。それも性教育ですよね。私も「おむつを勝手に触らない」は性教育だと思っています。
香野 そうですよね。おしっこは汚くないよ。でもおしっこを触った手でご飯を食べるのは汚いよという微妙さがそこにはあるんです。この二重性こそが性の意識のスタートじゃないのかという思いがあります。
シオリーヌ 「性教育って何歳から話をすればいいんですか?」ともよく聞かれるんですけれども、性教育は日常会話だと私は思っていて。いわゆる生理のことを解説しましょうとか、妊娠の仕組みを理解しましょうという話だけではなくて、やっぱりその子の体に触れるときに「抱っこしてもいい?」と聞いたり、おむつを確認するときに「ちょっとおむつを見るね」と言ってから見るようにして無言では外さないようにしたり、そういう日常会話の積み重ねが性教育だと思ってるんです。お風呂に入るときも、プライベート・ゾーンを洗うときには毎回声をかけるようにしていて、「ちょっとお股を触るね」とか。だから性教育はゼロ歳からでもできるというか、相手に伝わるものはあると思っています。
香野 そういう意味では、すべての子どもが小さい頃から性教育を受けていたはずなんですよ。でも、その時点ですでに家庭差が生まれるというか、「きたない!」と言われながらおむつを替えられている子どももいるかもしれないし。
シオリーヌ いや、本当にそうですね。おむつのおしっこがどれだけパンパンなのかを確かめるためにポンポンとお尻を触ったり、親の方がどこまで意識をして、どこで境界線を引いているかによって変わりますよ
ね。こうしたことは「あなたの体はあなたのもの」という感覚や、その子どもの他者との関わり方にすごく影響するだろうと思います。
香野 こういった意味でも性教育はコミュニケーションの問題とも直結していますよね。
シオリーヌ まだまだ性教育といってイメージすることの幅がすごく狭いというか、性教育イコール生理の仕組みやセックスのことを教える、みたいな想像をされることがすごくあるんです。もちろんそれも大事な要素だし、妊娠や避妊のことを伝えることも必要なんですけど、やっぱり一番大切なのは、あなたの体はあなたのもので、あなたの体のこともあなたに決める権利があるという、それが根本だと思うんですね。同じように、他者と関わるときには明確なコミュニケーションを心がける必要がある、そういうことが土台だとすごく思います。
香野 確かに、根本にはコミュニケーションや人権のことがありますよね。再確認できた思いです。最後に、本誌の読者にメッセージがあればお願いします。
シオリーヌ 子どもたちの人生や子どもたちの体は、その人自身のものであるという姿勢を大事にしながら、子どもたちを支えられる大人が社会の中で増えてほしいなと思います。
香野 それは私たちの仕事の目指すところと同じですよね。今日はありがとうございました。
シオリーヌ(大貫詩織)
助産師/性教育YouTuber /NPOコハグ代表理事。総合病院産婦人科で助産師としての経験を積んだのち、精神科児童思春期病棟で若者の心理的ケアを学ぶ。2017年より性教育に関する発信活動をスタートし、2019年2月より自身のYouTubeチャンネルで動画を投稿。チャンネル登録者数は17.6万人。著書に『CHOICE 自分で選びとるための「性」の知識』、『産んでくれなんて頼んでないし』(イースト・プレス)、『こどもジェンダー』(ワニブックス)、『やらねばならぬと思いつつ『超初級』性教育サポートBOOK』、『食べるの怖いな』(ハガツサブックス)ほか。
香野 毅(こうの・たけし)
1970年、佐賀県武雄市生まれ。静岡大学教育学部教授。博士(心理学)。専門は障害児心理学、臨床心理学。九州大学教育学部卒業。同大学院を経て九州大学発達臨床心理センター主任、2000年より静岡大学教育学部講師、同准教授を経て現職。著書に『動作訓練の技術とこころ』(遠見書房)、『KIDSこころの救急箱』、『肢体不自由者を中心とした障害者臨床・療育におけるアセスメント』(静岡学術出版)、『支援が困難な事例に向き合う発達臨床』(共編著、ミネルヴァ書房)、『基礎から学ぶ動作法』(共著、ナカニシヤ出版)、『インクルーシブ教育時代の教員をめざすための特別支援教育入門』(共著、萌文書林)ほか。