世界的なコロナ(COVID‐19)禍に見舞われ、社会・対人的な行動変容の自覚と、非常のいま・ここを生き抜く人間に注力する必要を痛感します。ある感染症学の専門家は、大きな物語(ウイルスとの共生、社会経済との両立、集団免疫の獲得)に傾注しつつ、個々人の小さな物語への寄り添いを忘れてならないとします。心理臨床学の専門家は、かけがえのない一人ひとりの心と命に寄り添う心理臨床の初心に照らして、直に密に寄り添う心理臨床の視座・方法・技術と実践学術研究・研鑽に集う本学会四〇年の存在意義を真摯に見つめたいものです。
心理臨床の眼差しは、人間主体と目に見えない心の働きへの信頼と期待です。そして心理臨床は、この眼差しを疑い揺らいで悩み、対人・社会や自己・内面の安心・安全が揺らぐ不安状態を生きる人に生身で関わる営みです。したがって、方法が心を駆使する人間関係の方途になるのは必然ですし、信頼や期待と裏腹・正反対の味方や考え方との瞬時・無限に変転する自在な関係性(やりとり)が必須の課題です。一口に寄り添うといっても、人と心の信頼と期待を実現するからくりの本質には、通常の理解の仕方や理屈では簡単に説明できない不可解と不思議があり、ここに心理臨床の専門性と尽きない魅力もあると思います。
いまWHOコロナパンデミック宣言(二〇二〇年三月一一日)と東日本大震災(二〇一一年三月一一日)の重なりの不思議を思いながら、津波てんでんこ・高所避難の日からの悲しみ生き抜く個々それぞれの物語一〇年の日々と心と命に想いを馳せます。無数の断層亀裂の変動帯列島で生き抜くなか、化石に残らない心と命を繫いで培ってきた絶妙の均衡と粘り強い人間力に学び、今世紀社会の本質(不安定・不確実・複雑・曖昧)を生きる人間中心に、分析・論理・理性と同時に美意識・直感・感性を育み、人のつらさ・悲しみに素朴に届く信頼と期待へと結ぶ心理臨床の文化戧造力を培い、いま・ここから心を紡いで人と地域の明日へと拓き繫ぎたいものです。