池:日本の臨床心理士や臨床心理学に関心のある学生たちに向けて、自己紹介をお願いできますか?
ジョエルソン:私はニューヨークでプライベート・オフィスを開業している、間主観的自己心理学者です。これまで子どもから青年、大人にいたるまでを対象に、心理療法および精神分析を 25 年間行なってきました。元々芸術家(彫刻家)でした。
池:以前、米国では子どもの心理療法はそれほどなされていないとおっしゃっていたように思いますが? 
ジョエルソン:米国では、子どもの心理療法が珍しいものではないということは言わなければなりませんが、日本のような、大人の心理療法の前駆ともなるような子どもの心理療法についての研究は必要とされていません。精神分析的インスティチュートはチャイルド・トレーニングを強く提案しますし、大人の心理療法とは別個の方針を提案します。子どもの治療は大人の治療ほど厳格になされなかったり、重きを置かなかったりといった態度が示される傾向にあります。プレイや非言語的コミュニケーションが 重要であるとは最近まで認識されてこなかったということが要因として大きいかもしれません。大人の治療を理解するためにも大きく貢献し得ることですが。
池:どのようなプレイルームを普段使用されていますか? 米国では子どもと大人の心理療法で使用される部屋に違いはありますか?
ジョエルソン:ほとんどのセラピストは大人と同じ部屋を子どもにも使用します。これは、プライベート・オフィスと診療所での設定の双方にあてはまります。私のオフィスは居心地の良いリビング・ルームです。大人が見ることのできるおもちゃもありますが、ほとんどはキャビネットやカウチの下に隠されていて見えないようにしています。子どもたちは私の隠し場所をすべて知っていますけどね。いつどのように遊びたいのか、ある時、いつ頃、大人と同じように座って話したくなるのか。それを決めるのは子どもたちです。多くの場合、子どもたちは遊ぶことと話すことのモード間を行き来したり、オフィスを跳ね回ることと話をするためにソファや床に座ることのモード間を行き来したりします。これはすべて意味のあることです。
池:あなたは国際的に素晴らしい子どもの心理療法家です。IAPSP 国際精神分析的自己心理学会第 41 回大会(ウィーン開催)であなたの発表などをお聞きして、本当に感動しました。子どもの心理療法のための、間主観性理論や関係性理論の最大の特徴を教えていただけますか? 
ジョエルソン:ウィーンと神戸でお会いできて、本当に良かったです。私の発表を楽しんでもらえたのは大変光栄です。間主観性理論(ストロロウ、アトウッド、ブランチャフ)、非線形動的システム(セレンとスミス)、乳児研究(ビービーとラックマン)のいずれにおいても心理療法的な変化は、コンテキストや「セラピストと患者の世界」の予測不可能な絡み合いから瞬間瞬間に現れます。これらの理論が共有している重要な特徴は、セラピストと患者との間で共創造される体験です。自己心理学において別の重要な特徴は、患者の症状を欠損や修正すべき問題として理解するのではなく、むしろ症状は患者にとっての必要不可欠な要素であって、コミュニケーションだと理解することだと言えます。
池:ストロロウ、スターン、ベンジャミンといった人たちの間でも、間主観性の定義がそれぞれで異なっていると思います。間主観性の定義について、意見を聞かせていただけますか?
ジョエルソン:異なる間主観性理論がとてもたくさんあるので、混乱が生じていることと思います。これらの理論は互いに独立して発展していて、二者関係の異なる側面を強調するために異なった形で用語が使用されています。ビービー、ノブローチ、ラスティン、ソーターが、このテーマについて素晴らしい本を共同執筆しています(日本では丸田俊彦が監訳している。『乳児研究から大人の精神療法へ:間主観性さまざま』岩崎学術出版社、2008年)。私が見つけたもっとも有益な間主観性の定義は、ストロロウ、アトウッド、ブランチャフによってなされたものです。システム理論またはフィールド理論と言って、私たちが意識していようといまいと関係なく、私たちはすべて関係システムまたはコンテキストに常に密接に埋め込まれていると仮定するものです。
池:子どもの心理療法で、あなたがもっとも重要だと思うことを教えてください。
ジョエルソン:もっとも重要なことは、受容、敬意、好奇心、共感、想像、ユーモア、希望の態度でもって子どもに関わることです。そして、しっかりとした設定の中で、予期せぬことが起こることを歓迎することです。そして遊ぶことです。プレイは、セラピストが導き出して解釈を試みるものといった、単なる子どもの創造物ではありません。もっと言えば、プレイは参加者が各々感情豊かに携わりながら、また想像力豊かに携わりながら共創造される予期せぬプロセスなのです。分析家がもたらす想像は、子どもの想像豊かなレパートリーを広げられることになりますし、その逆もまた然りです。進んでいく自己調整と相互調整のコンテキストにおいて、セラピストは次第に、子どもの世界、治療に連れられてきた子どもの不満、子どもがセラピストの何を必要としているかを理解するようになります。プレイで私は、治療の中で現れていそうな感情を声にすることがよくあります。このことは、子どもが自分自身の感情体験を同定するのに役立つかもしれません。例えば、人形やヒーローといったおもちゃに声をかけることは、さまざまな感情状態を私たちの関係性の中に迎え入れて構わないということになります。子どもは私たちの顔を見て、どのように感じるかを知ります。そして子どもは理解された気持ちになり、遊びをさらに入念にしていくことができます。このように受容的で応答性の高いプレイのパートナーとしてのセラピストの存在によって、子どもは厄介な体験が認識されること、そしてそれが共有されることを発見できるのです。それは、子どもが問題を抱えてまったくの孤独だという孤立した感覚から、待ち望んでいたつながり、帰属、参加の体験に変えるのに役立ちます。 
池:エイミー、あなたのお心遣いに感謝いたします。あなたにインタビューする機会が持てたこと、そしてあなたを日本のセラピストや学生たち、皆に紹介することができたことがとても嬉しいです。
ジョエルソン:どういたしまして! このような機会を設けてくれて、ありがとうございました。

エイミー・ジョエルソン(Amy Joelson)
精神分析的主観性研究所(IPSS)で、フランク・ラックマン、ベアトレス・ビービー、ボブ・ストロロウ、ジョージ・アトウッド、ドナ・オレンジ、ジム・フォサーギたちと学ぶ。現在は、IPSS遠隔学習のための教員および理事、JFPSP日本精神分析的自己心理学協会連携教員、IAPSP国際精神分析的自己心理学会評議委員、IAPSP学会誌『Psychoanalysis, Self and Context』の共同編集者、IARPP児童・思春期・青年期および親面接委員を務めている。

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