本誌「心理臨床の広場」は、高校生の皆さんをはじめとして、広く市民の皆さんに、心理臨床学を知っていただくための広報誌です。この心理臨床学の学術団体である日本心理臨床学会の会員数は、現在(2024年3月)、約2万9000人となっています。これは、心理学系の学会の中で最大規模の会員数となっています。日本心理臨床学会に、これほど多くの会員が集まるのはなぜでしょうか? その答えは、心理臨床学の本質にあると思われます。
 心理臨床学は、心の痛み、苦しみを抱える人を支援する心理専門職の実践の基盤となる学問体系であり、その実践の体験をもとに臨床の知が構築されていきます。つまり、心理臨床学は、社会で活動している心理専門職の一人一人が、現場で実践している体験に基づく研究や、実践に役立つ研究を行って、日々、新たに創成されていく学問なのです。
 一般に学術団体は、研究者の集まりです。日本心理臨床学会の場合は、全国に約190校ある心理専門職養成の大学・大学院に所属する研究者ばかりでなく、全国の医療・保健・教育・福祉・司法・警察・産業・労働等の多様な現場で活躍する心理専門職もまた研究者なのです。この心理臨床学の研究者は、その実践に基づいた研究を報告し、心理専門職としての知識や技能を向上させるための研修の場として学会での活動を重要なものと考えています。
 心理専門職の資格として、日本では、この日本心理臨床学会が中心となって1988年に立ち上げた臨床心理士の資格があります。この資格は、臨床心理面接(カウンセリング)と臨床心理査定(アセスメント)、地域支援とともに、臨床心理学的研究を、その役割として掲げています。臨床心理士は、大学院修了を要件とし、5年間の資格更新制度を持つ専門職資格として、社会に広く認知されてきました。2017年に国家資格である公認心理師制度が出発し、臨床心理士の多くが公認心理師の資格を取得した一方で、教員、看護師、精神保健福祉士等、実践現場で心理的支援に携わっていた実践者が新たに公認心理師の資格を取得することになりました。そこで日本心理臨床学会は、心理臨床の実践を学びたい公認心理師を新たに迎えることになりました。こうして、全国の多様な心理臨床の現場で活動する心理専門職が積極的にこの輪に加わることで、大きな学会に成長していくことがわかります。
 その背景の一つには、心理臨床学が、心理専門職を生み出し、一人一人の心理専門職自身がその実践をもとに創成する学問であるということがあります。そして、もう一つは、おそらく心理専門職の業務が、何年のキャリアを積もうとも、生涯に渡る研鑽とその実践成果の共有の場が必要とされる、非常に厳しい業務であるということが影響しているのではないでしょうか。
 日本心理臨床学会は、年に一度、会員相互がその実践や研究の成果を報告し、交流する学術大会を開催しています。心理専門職の実践は、この学問の発展のため、厳密な守秘義務のもとで心理専門職間で共有されます。そのため、この学術大会のプログラムの大部分は、会員のみ参加可能となっています。
 今年は、第43回大会を以下の2部に分けて開催します。

・8月23日(金)〜25日(日)の3日間の対面大会、於・パシフィコ横浜
・9月20日(金)〜10月17日(木)の28日間のWEB大会

 これは、コロナ禍のなかで開催されたWEB大会には、遠方や子育て中の会員も参加しやすいという利点があり、オンライン開催継続への希望が多く寄せられたことによります。一方で、本年度の第43回大会は、コロナ第5類移行に伴って、人と人がリアルの場で討論し交流する本来の対面大会の3日間もしっかり充実させる設定となっています。
 第43回大会のテーマは「一人一人の心が生きる社会をめざして—機能する心理臨床とは—」です。まず「一人一人の心」という言葉には、社会の多様な人々の一人一人それぞれの心としっかり出会っていこうとする心理臨床学の基本姿勢が込められています。そして、「心が生きる「社会」について考えてみましょう。お互いに心を配り合い、それぞれに与えられた役割を、心を込めて果たしていくとき、人々の心が通う、心が活気づく社会を実現します。心は、目に見えないのですが、その心の存在が生き生きと感じられる、そんな社会に向かうために、心理臨床は、どんな機能を発揮できるのでしょうか? それを問いかけ、さまざまな可能性を探索していくプログラムが企画されています。
 WEB大会では、様々なコンテンツがオンデマンド配信されます。また、大会発表等と並行して、自主シンポジウムもこの期間にライブで開催されます。昨年度は21日間でしたが、昨年度のアンケートで寄せられた要望をふまえて、今年度は28日間に延長して開催することになりました。そのコンテンツのいくつかは、学会員以外の皆さんにも公開されます。
 その一つとして、学会企画特別講演として放送大学・千葉大学名誉教授である家族社会学、生活保障論がご専門の宮本みち子先生をお招きして「子どもから若者へ一人一人の育ちを支援する社会に向けて」というテーマでの講演をお願いしています。宮本みち子先生は、内閣府子どもの貧困対策に関する有議者会議座長をお務めになり、社会学の立場から若者の生活保障について発信しておられます。日本の次世代の育ちのために、心理専門職が果たしうる役割について考える機会をいただきたいと願っております。もう一つの企画として、昨年に引き続き、ウクライナの心理専門職をお迎えして、長い戦争をくぐり抜けるウクライナにおける心理的支援のニーズやその実践についてご報告をいただく予定です。その他にも、災害支援の心理実践についての企画が進行中です。 このような講演、シンポジウムについては、オンラインでの一般公開を検討しています。
 また、高校生対象として心理臨床学を紹介する企画もオンライン公開予定です。詳しくは、日本心理臨床学会のホームページ(一般社団法人日本心理臨床学会 https:/www.ajcp.info/)をご覧ください。
 本年度も、会員の貴重な実践をもとにした研究報告の共有が、それぞれの心理臨床、心理臨床学の発展につながる機会が生まれることを願い、大会実行委員、理事一同、力を尽くして準備を進めてまいります。

日本心理臨床学会

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