はじめに

「北海道はでっかいどう」というフレーズはよく耳にすることがあるかもしれませんが、北海道の人口は五二八万人、そのうちの二〇〇万人近くは札幌市に人口が集中しています。北海道には北海道臨床心理士会に登録している臨床心理士の数だけで八〇〇人弱いますが、その多くは札幌市や札幌市近郊で活動しています。札幌市に臨床心理士が非常に集中していることそのものが北海道の"地域性"とも言えるでしょう。北海道は日本の国土の五分の一を占める広さがあるので、行政管区を一四に分けています。
 また北海道という地域は政令指定都市である札幌市以外の都市では過疎が進んでいます。今回は北海道らしさが詰まっている都市圏以外の地域に焦点を当てながら、「北海道の心理臨床の魅力」についてご紹介したいと思います。

とにかく広い

 北海道の心理臨床の特徴としては、やはり"地理的な広さ"の問題があります。私も北海道内の様々な地域で臨床をすることがありますが、往復五〇〇キロから六〇〇キロくらい移動をすることがあります。特に雪が降って路面がツルツルになる冬場は命懸けで移動することもあります。距離で言うと東京―名古屋間を往復するようなイメージでしょうか。ここまでの距離を移動しながら臨床活動をしている人も決して多くはいないかもしれませんが、先ほども述べたように札幌市以外の地域ではなかなか臨床心理士や心理の専門家の確保が難しい現状があり、札幌や近郊の都市から心理士が泊りがけで移動して業務を行うこともあります。
 北海道は幸い車で移動する場合でも頻繁に渋滞に巻き込まれる訳ではないのですが、移動時は鹿や熊、キツネやうさぎなどの野生動物に遭遇することがあります。野生動物を見ながらドライブをするのは、それはそれでなかなか良いのですが、サファリパークや動物園と違って管理されている訳ではないので、季節によっては動物の群れの中を移動せざるを得ないこともあり、時々車と衝突してしまうこともあります。実際に私も鹿の群れに遭遇し、山中で車が半損したり、車のタイヤが雪に埋まって動けなくなってしまったことがありますが、困っていたところをちょうど通りがかった方に声をかけてもらい、除雪車で助けてもらったことがあります。そういう意味では、北海道で臨床をするには心理臨床家としての資質や技術もそうですが、運転技術とトラブルがあっても生きていけるサバイバル技術やスピリット、厳しい自然を前にして、誰かに頼る力がもしかしたら必要かもしれません。少し大げさかもしれませんが。

「ない」からこその魅力

 こうした北海道の距離的な問題は冒頭で触れた人材偏重の問題と関連しています。北海道だけではないかもしれませんが、僻地に行けば行くほど人材を確保するのは非常に困難になり、学校臨床の分野で言えばスクールカウンセラーの確保も難しく、臨床心理士ではなく退職された学校の先生や心理系の資格をもった方々が何とか僻地の心理臨床活動を維持し、支えているという現状があります。そのため札幌市や近郊の都市から心理士がその地域に行って、そこで地域の専門機関や専門家・他職種と連携をしながら、ケースを進めていく、または実践をしていくということが求められることが多々あります。
 二〇一八年に起きた北海道胆振東部沖地震の時も、様々な地域から心理の専門家が被災地に応援に行きました。先ほどサバイバル技術やスピリットが大切と書きましたが、北海道で活動する心理士には他職種と連携する力、ケースを見立てる力、コンサルテーションやコラボレーションの力が多く求められるように感じます。心理の専門家がいないからこそ、そこで奮闘している地域の人たちとつながり一緒に支えていく、それが北海道の心理臨床の醍醐味ではないでしょうか。
 私が関わっている地域も過疎化が急速に進んでいる小さな町ですが、その町の学校の教頭先生がこんなことを話してくれました。「ないことを嘆くのではなく、ないからこそできることがある」と。このように北海道における心理臨床の魅力は、なんといっても「地域臨床実践」ではないかと思います。地域のいろんな人たちと関わり合いながら地域やコミュニティを支えていく、そういう実践を北海道では多く味わうことができるのではないかと思います。

最後に

 北海道内の僻地に行けば行くほど、そこで居住する人たちから「生きることの厳しさ」を教えられることがあります。内省することよりも、厳しい自然の中で生きていかなきゃいけない現実にまずは対処することの大切さを教えられます。そういう厳しさの背景には「人間は一人では生きていけない」という、開拓の精神、助け合って支え合って生きていくという精神が横たわっているように思います。
 札幌圏内とそれ以外の地域では、心理臨床家を育成するシステムや環境についても非常に格差がありますが、総じて考えても北海道で心理臨床を続けていくことはなかなか易しいことではないと私自身は感じています。それはスーパーバイズの問題、専門家同士が集まることの難しさ等があります。SNSのおかげで、そういった問題を感じにくくはなっていますが、未だ残っている課題だと思っています。車で数時間かけて集まる、三〇〇キロを運転して研修を受けて帰るということが北海道では少なからずあります。それがICTの普及によって改善されるものなのかはこれからまだまだ不透明な部分はありますが、北海道を開拓してきた先人が「助け合う力」によって乗り越えてきたように、乗り越えられない問題ではないと私は思っています。

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