医療観察法

 事件を起こせば警察に逮捕され、裁判にかけられ、罪に応じて受刑する。これが刑法の大まかな流れですが、刑法三九条に「心神喪失者の行為は、罰しない」「心神耗弱者の行為は、その刑を減軽する」と定められています。つまり精神障害のために良いことと悪いことの区別がつかずに起こした行為は、自分の意思とは言えないので、本人に責任を問えない。精神障害のために殺人・放火・傷害などの重大な他害行為を起こし、受刑しない人(法の対象者)に対し、罰ではなく「病状の改善及びこれに伴う同様の行為の再発の防止を図り、もってその社会復帰を促進」することが医療観察法の目的です。

入院医療

 医療観察法では裁判所から入院命令あるいは通院命令を受け、対象者は強制医療を受けます。最初は病識がなく、入院に納得していない対象者も多いですが、事件は認め、繰り返したくないという対象者が大多数です。入院医療では全ての入院対象者に医師・看護師・作業療法士・精神保健福祉士・心理職の多職種チームで社会復帰を目指します。退院後の暴力につながる要因の研究から、衝動性、ストレス耐性や感情コントロール、金銭管理や身の回りの家事の問題、他者との適度な距離を保てないこと等が影響することが分かっています。対象者は妄想などの精神症状から事件を起こしており、精神症状の改善は重要ですが、衝動性や生活能力など、多くの要因が重なって事件が起こるため、他害行為がなく社会復帰ができるよう、それぞれの専門領域を持つ多職種がチームで治療に当たります。

ケースフォーミュレーションと多職種チーム

 再発防止のため、事件に至った要因をアセスメントしますが、近年はケースフォーミュレーションを行って要因を視覚化し、多職種で治療課題を共有することが重視されています。
 図の事例は、アルコール依存症と借金から生活が破たんし、さらに統合失調症の幻聴に従って事件を起こしました。幻聴を改善し、退院後も治療を継続することに加え、アルコール依存症の治療と、金銭管理の訓練も必要です。図のようなケースフォーミュレーションを多職種で対象者と共有し、心理職は事件のふり返り、アルコール依存症への支援を行いつつ、作業療法士や看護師による金銭管理や生活面の支援と連携します。多職種で話し合ってアセスメント・治療に当たりますが、心理職にはアセスメントを通じた多職種チームのかじ取りが期待されることもあります。難しい事例は多いですが、多職種でサポートし合えることで対象者にも心理職にも助けになります。

通院医療とセルフモニタリング・クライシスプラン

 入院を経ずに通院命令で医療が始まることもありますが、入院機関の退院後も裁判所からの通院命令によって医療が続きます。通院中はセルフモニタリングを用いて対象者が日々自分の状態をチェックし、状態の変化があれば、事前に作成したクライシスプランに沿って対処します。セルフモニタリングとクライシスプランは医療観察法医療から一般の精神科医療に広まった重要な道具です。多くの人的資源を投入しつつ、最新の知見を活用しようとする点、そのための研修機会とネットワークの多さも医療観察法の強みです。

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