新型コロナウイルス感染拡大とオフィス環境の変化

 新型コロナウイルス感染の拡大は、オフィス環境(働く環境)を急変させました。感染拡大防止のために、アクリル板や透明ビニールカーテンなどの設置、一定の距離を保った座席配置、換気の徹底が求められました。また、労働者自身も勤務中のマスクなどの着用、検温、手洗い、消毒が求められました。厚生労働省の人との接触を八割減らす、一〇の ポイント」という提言では、労働環境におけるテレワークや在宅勤務、オンライン会議が推奨されています。
 人との接触が減れば、人との繫がりが持ちにくくなることが推測されます。新型コロナウイルス感染拡大が始まった二〇二〇年三月に実施されたパーソル総合研究所の調査では、テレワーク労働者の二八・八%が 「私は、孤立しているように思う」 と回答し、孤立感はテレワークの割合が高いほど強くなる傾向にあることが明らかになっています。テレワークには良い面も多くありますが、繫がりという点では課題があるようです。

新たな繋がりを作ることの難しさ

 私自身が相談やコンサルテーションを行う企業・組織においてコロナ禍後に感じるのは、若年層の孤立感です。特に、新人や二年目の社員では、入社からオンラインやオンデマンドでの研修を受講し、同期入社の仲間と対面で会ったのはまだ数回しかない、という方もいました。
 つまり、テレワークは、もともとあった繫がりを保つことはできても、新たな繫がりを作るには難しい面があるのだろうと思います。特に、社会人経験が少ない場合にはその傾向があるのだろうと考えられます。ただ、新入社員だけでなく、中途入社や異動や転勤後の社員でも同様の傾向があります。コロナ禍がもたらした影響は、職場での繫がりを作る機会の喪失と言えるかもしれません。
 それでは、職場の産業保健スタッフやカウンセラーが相談に乗ればよいではないか、と思われるかもしれません。しかし、厚生労働省の労働安全衛生調査によれば、ストレスを相談できる相手、および、実際に相談した相手ともに「家族・友人」が約八割、「上司・同僚」が約七割を占め、産業医、産業保健スタッフ、カウンセラー等は一割未満です。やはり、専門家への相談は敷居が高いのだろうと思われます。

助けを求められない心理

 このように、繫がり作りの困難さはコロナ禍という環境面の影響があると言えますが、一方で、個人側の要因もあります。心理学では、助けを求める行動を「援助要請行動」と言いますが、助けを求められない人には特有の心理があることがわかっています。例えば、過去に多くの失敗を経験し、回復意欲や自尊心が低下している。援助を断られたり、相談で嫌な思いをしたりした経験がある。相談先や相談方法に関する知識がない、などです。労働現場でも、相談相手となる上司・同僚自身がストレスの原因であることや、相談先で自分がどのような扱いを受けるかわからないということから、相談をためらうことが考えられます。 
 一方で、助けられ上手な人もいます。このような人を被援助指向性が高いと言います。コミュニケーション能力の高い人や、過去に相談をして良い経験をした人にはこのような傾向があると言われています。このような人たちは、繫がりを作ったり、周りに適度に助けを求めながら仕事を進めたりすることが比較的容易にできます。しかし、このような人たちを基準にして、特に何も対策を取らなくても大丈夫と考えるのは早計でしょう。コロナ禍の影響には個人差があり、孤立しやすい人もいるという前提での対策が必要だと思います。

繋がり作りにチャレンジする企業・組織

 企業・組織の中でも、主に人事部門や健康管理部門を中心に、社員の繫がりを作る取り組みがなされています。
 まず、オンラインでの社員間のコミュニケーション機会の提供です。社員同士では、オンラインでの朝会、ランチ会、オンライン飲み会などがあります。このような会の心理的影響は不明ですが、いずれも、適度な時間で切り上げることが重要であるように思います。また、オンラインと対面が混じる場合は、オンライン側が疎外感を感じやすいので注意が必要です。同部署、同期だけでなく、部門横断で境遇が近い者同士、趣味が同じ者同士など、さまざまな次元で会を作る試みもあります。
 次に、上司(管理監督者)とのオンラインでの面談機会の提供があります。上司とのミーティングは、最近、「1 on 1ミーティング」という名称で行われるようになりました。 しかし、結局のところ、上司の部下に対する対面での相談対応能力が低ければ、名称を変えても、オンラインになっても良い結果にはならず、むしろ、ストレスになります。特にオンラインは周りの目がないため、やり取りがブラックボックス化する 危険性があります。上司を対象とした研修機会を提供したり、上司同士が話し合える場の提供が必要でしょう。比較的年代の近い同部署の先輩が相談や指導を行うメンター制度を導入する企業もあります。これも相談や指導について十分な研修機会が提供されなければならないと思います。  
 第三に、相談窓口の提供です。こちらも、オンラインやeメールの活用が行われるようになりました。オンラインやeメールでの相談は以前から行われてきましたが、その活用度や重要性が高まってきたと言えます。オンラインの研修機会も増えました。このような場を活用し、相談窓口を周知し、相談者の顔を見せることが大切だろうと思います。
 以上、職場での繫がりについてお話ししました。最後に、繫がりにおける自発性について述べたいと思います。「コロナ禍で飲み会がなくなってコミュニケーションが減った」 という声は上司側に多く、若手からはあまり聞きません。労働者によって望ましい繫がりのあり方は異なるのだろうと感じます。繫がる先、繫がり方、繫がる頻度を選択できること、自発的に選べることが重要であるように思います。

参考文献

パーソル総合研究所(二〇二〇)テレワークにおける不安感・孤独感に関する定量調査
https://rc.persol-group.co.jp/thinktank/ data/telework-anxiety.html
水野治久監修(二〇一九)『事例から学ぶ  心理職としての援助要請の視点― 「助け て」と言えない人へのカウンセリング』金 子書房 関谷裕希「事業所内の相談窓口に おける援助要請」八〇~八七ページ

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