児童虐待問題をいかに学ぶか

 私が子どもの頃からライフワークになっている地域の祭礼への参加が、コロナ禍のため二年連続で中止になってしまいました。年二回、約四トンの重量のある江戸型人形山車を曳きながら、子どもからご高齢の方まで一緒になって盛り上がります。私自身、地域で育まれてきたという心地よい感覚があったからこそ、子どもの生活の場での心理臨床に関心を向けてきたのかもしれません。
長年、児童養護施設にて虐待を受けた子どもの心理療法を担当しながら調査研究に打ち込んできました。ところが、二〇一五年に着任した大学でゼミを担当することになり、児童虐待問題の学びをどのように進めていくか悩む日々でした。地域で起きる切実な児童虐待の問題を、自分の身近なこととして受け止めていくにはどうすればよいか。もどかしさを感じていた頃、大学のホームページをぼんやり眺めていると芸術学科の学生がオレンジリボン運動の公式ポスターデザインコンテストに入選したというニュースが目に飛び込んできました。

オレンジリボン運動とは?

 オレンジリボン運動は、栃木県小山市で起きた虐待死事件をきっかけに地域の団体から生まれた児童虐待防止の啓発活動です。関心を持ちオレンジリボン運動の事務局に問い合わせたところ、「よかったら『学生によるオレンジリボン運動』に参加しませんか?」と誘ってくれたのです。ゼミ生に相談すると不安な表情を見せながらもゼミとして参加することになりました。調べてみると、全国各地の大学や専門学校が、大学祭などのイベントブースでのPR、地域でのチラシの配布などに取り組んでいました。うちのゼミでは何ができるか?せっかくなので他のところがやっていないことを試みてみよう、と企画を練っていきました。
 まず取り組んだのは、大学図書館にある児童虐待関連の本を紹介するPOP制作でした。一年目は大学の展示コーナーに飾るだけでしたが、翌年になると大学近くの公立図書館に協力してもらい、児童虐待防止のチラシを配りながらPRするようにしました。そこで気づいたのは、児童虐待という文字を見るだけで逃げるように行ってしまう人たちの存在です。仕事上では児童虐待という言葉に耐性のある人たちとかかわってきたのであまり意識しなかったことですが、地域のさまざまな眼差しがあることに気づかされたのでした。一方で展示に時間をかけて目を通して感想を述べてくれる方や、乳児を抱きかかえながら「こういったPR って大切ですよね」とコメントしてくれる方もいて、ゼミ生たちはしだいに手ごたえをつかんでいきました。

コロナ禍が転機になった地域での展開

 二〇二〇年度はコロナ禍で学外での活動がまったくできず、ゼミ生たちは肩を落としていました。しかしめげずにTwitterやInstagramでオレンジリボン運動に関連した一分動画を制作し、近隣の大学の学生団体からも協力を得て拡散してもらいました。ただTwitterでは「いいね」の数はわかりますが、あまり感触がつかめません。大学はオンライン授業に切り替わり、ゼミ生たちが打ち合わせのために対面で集合できたのは一回のみ。学外活動ができなかった悔しさを後輩に託すことになりました。
 二〇二一年に入ってから私の研究室に一通のメールが送られてきました。地域の子ども家庭支援センターからでした。「ゼミ生のTwitterを見ました。もしよければ何か一緒にしませんか?」と声をかけてくれたのです。おそらくコロナ禍でなければ積極的にSNSを活用しなかったので、コロナ禍でこそつながることができたと感じています。市職員とゼミ生が数回ミーティングを行い、地域での新たな企画を模索することになりました。ミーティングで浮き彫りになったことは、子育てで本当に困っている人たちが相談に来てくれない実態や、虐待が疑われるような家庭に手を差し伸べても拒否されるといった現状でした。そこで子育て支援の場を身近に感じてもらうためのPR方法について、ぜひ若い感性で取り組んでもらいたいということでした。  
 市職員が地域の大型商業施設でPRできるように働きかけてくれて、思いがけず地域での活動の幅が広がっていきました。そこで、大型商業施設内にあるカフェの店長とゼミ生が交渉し、店内のコミュニティボードに子育て支援のメッセージを書かせてもらうことに。サイトに接続するQRコードを貼り付けて子育て支援センターやゼミのTwitterにつなげる工夫もしました(写真参照)。ボードには虐待という文字を使わないようにし、子育て支援や児童虐待通告ダイヤル「189」を目立たせました。カフェの店員には、オレンジのネームプレートを提げていただくなど協力してもらいました。

交流の輪と可能性の広がり

  土日になると長蛇の列になるカフェには、子育て世代のお客さんがQ Rコードをスマホで読み取ってくれていると報告を受けました。実際、乳児を育てているという母親からTwitterにメッセージが届き、「福祉の情報は本当に必要な人に行き届きにくいけど、パパやママたちのリフレッシュする場にボードが設定されていてとても素敵な試みですね!」といった反響をいただきました。チラシセットの配布を受け取ってもらえなくて暗い表情でいたゼミ生も、メッセージを読んで励まされていました。また、ゼミのTwitterの活動報告を見た生涯学習センターの職員もイベントの応援に駆けつけてくださったのですが、生涯学習センターが企画している学生イベントにも誘っていただき、交流の輪がどんどん広がっていきました。
 さらに、オレンジリボン運動をきっかけに児童養護施設でボランティアをはじめたことで、ゼミ生が数名、 施設に就職するようになりました。今では心の傷を抱える子どもたちのケアの最前線で卒業生が活躍し嬉しく思っています。また、子どもの現場での心理職を目指して大学院に進学する者も増えました。コロナ禍でも地域の人たちとつながる努力をしてきたゼミ生からは、たくさん刺激をもらっていますし、学生の活動を応援してくださる地域の方にも感謝しています。児童虐待の啓発の難しさを痛感しながら、これからもゼミ生と共に学んでいきたいです。

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