はじめに― ロンドンと精神分析

 ロンドンは、精神分析がとても発展している都市です。私は現在、子どもの精神分析的心理療法士になるために、The Tavistock and Portman NHS Foundation Trust(通称:タビストッククリニック)で、訓練を受けています。精神分析を簡潔に語るのは非常に難しいのですが、セラピストとクライエントとの対話を通じて、クライエントのこころ、特に深層心理や無意識と呼ばれる部分も含めたこころの理解を試みる営みであるとは言えそうです。それが、場所(病院・学校・福祉施設等)や対象(子ども・大人)、障害・症状・困り事の違いによって、治療的になったり、成長促進的になったりと、形を変えます。私は最初に、その精神分析の理論と実践方法を学びに精神分析家を養成しているロンドンのInstitute of Psychoanalysisへと向かいました。

Institute of Psychoanalysis の The Foundation Course での研修

 2019年9月 か ら2020年7月 ま で の 間、Institute of Psychoanalysisが 提 供 す るThe Foundation Courseの研修に参加しました。学費は約20万円程度ですが、心理臨床学会の海外研修参加助成制度(10万円)を利用しました。この研修は、週1回計31回、夜間の2時間半、前半の精神分析に関するレクチャーと、後半の各自の臨床実践を持ち寄って議論するディスカッションセミナーから成り立っていました。ちなみに、このコースを受講した後、タビストッククリニックに所属することを想定していたので、研修のない日は語学学校に通い、必死に英語を勉強していました。
 研修日の前半は、各ベテランの精神分析家による週ごとに異なるテーマでの講義であり、受講生は50人程度いましたが、日本人は私一人でした。テーマは「精神分析と乳幼児発達」「精神分析と調査研究」「周産期および産後における脳の可塑性」「自殺と自傷」「夢」「ヒステリー」「喪とメランコリー」「間主観性のルーツ」「ボーダーライン心性」「病的同一化」「心身症」 等がありました。これらの中には最先端の発達研究や脳科学の知見も含まれていたので、科学的根拠に基づいた心理療法の提供に寄与する情報も得ることができました。興味深かったレクチャーを、エピソード的に紹介したいと思います。

精神分析と夢と日本文化

 レクチャー会場の Sigmund Freud Lecture theatre に着くと、スクリーンに『こんな夢を見た Once I had a dream』という日本語と英語が映し出されていました。ロンドンで日本にまつわる何かが行われると思うと、とてもワクワクしてきました。
 開始後すぐに、講師から、黒澤明監督の『夢(Dreams)』の中の『日照り雨』を観てから議論をしましょうと言われました。この空間の中で日本語を聞き取れるのは私だけなのだといった妙な高揚感を味わいながら、その内容に魅了されました。この映画は「狐の嫁入り」について描かれています。私は、隣に座っているスクールカウンセラーをしているというイギリス人に「これはエディプス状況で、狐の嫁入りは原光景を連想させ、短刀は去勢を示唆しているように思う」と、単語を繫げただけの拙い英語で伝えました。彼は「それを皆に伝えてくれ」と言うものの、まだうまく英語が話せない私は必死に抵抗し、彼が代弁してくれました。そして、講師から「あなたは日本人? 日本文化というのはとても興味深いわね。foxにもきっと色んな連想が含まれてるんでしょうね」と言われました。ここからフロイトの「夢の作業」について解説がなされました。拙著、藤森(2016)に分かりやすくまとめているので、ぜひご一読ください。

臨床素材を検討するディスカッションセミナー

 後半のディスカッションセミナーでは、10人程度の小グループに分かれ、セミナーリーダーとともに、受講生が提示する事例を検討しました。私のグループは、受講生の多数が英国で働いている精神科医か心理職であり、病院やクリニックで診ているクライエントの事例を発表していました。私は、すでに日本で終えていた乳児観察の素材を提示しました。ここでも「日本の文化」について考えるきっかけを与えられたように感じました。

おわりに― 日常の中の精神分析

 現在、私は、訓練の一環として自分自身が精神分析を受ける個人分析を週4回受けています。挿絵のようにカウチに横たわり、自分自身の人生を分析家と話すことによって、今まで気づいていなかった気持ちに触れて、驚きであったり、喜びであったり、時に痛みであったり、様々な感情が自分の中に存在し、いかに自分が自分というパーソナリティを築いてきたかが徐々に明らかになってくる感覚があります。これは、日常の中での自分自身との対話のように感じています。
 この The Foundation Course は、精神分析についてもっと知りたい、深めたい、けれど、少し二の足を踏んでいる人にピッタリの初期研修の場であると思います。そこから、様々な道が広がっていくように思います。またの機会にロンドンでの日常の中にある精神分析体験も日本の皆さんにお伝えできたらと思います。

参考文献

藤森旭人(2016)『小説・漫画・映画・音楽から学ぶ児童・青年期のこころの理解:精神力動的な視点から』ミネルヴァ書房

広報誌アーカイブ