放送大学といえば、テレビやラジオを通して授業を配信しているだけの大学というイメージをもつ方も多いかもしれません。そんな大学で心理臨床家を養成できるかと不思議に思われることでしょう。実は放送大学は、多くの年齢層と全国に開かれた通信制の大学としてのメリットを活かして、心の専門家の養成をおこなっているのです。

臨床心理士

1.放送大学における臨床心理士養成の概要

 放送大学には文化科学研究科という大学院があり、その中の「臨床心理学プログラム」で、臨床心理士養成がおこなわれています。臨床心理学プログラムは、公益財団法人日本臨床心理士資格認定協会により二種指定の養成校として認定されています。学生が全国に散らばっているので、臨床のトレーニングの場としての心理教育相談室を備えていないためです。学生は大学院修了後、合計一年の臨床心理の現場での実践を積んで、臨床心理士受験資格を得ることができます。
 臨床心理学プログラムで学ぶ学生は、年齢も二〇代から七〇代までと幅広く、またそのキャリアも様々ですが、既に教育や医療などの対人支援の現場で働いている方が、さらなるスキルアップと臨床心理士資格取得を目指して入学してくるケースが多いのが特徴です。
 臨床心理学プログラムは、大学院文化科学研究科がスタートした二〇〇二年から学生を受け入れています。当時の入試の競争倍率は約五四倍。通信教育・生涯教育機関で、臨床心理士養成がスタートすることを、いかに多くの人が待ち望んでいたかを示すものです。現在の競争倍率は一〇倍程度ですが、それでも難関であるのは変わりありません。

2.臨床心理士養成の特徴

 では、通信教育機関でどのように心理臨床家の養成をおこなうのか臨床心理士になるためには、演習や実習を通した学びは欠かせません。対面の場に実際に身を置くことを通してこそ学んでいける技能や態度があります。臨床心理学プログラムでは、修士一年次に、約一週間連続の「面接授業」が三回、二年次に三日連続のものが一回あります。面接授業とは、いわゆるスクーリングで、放送大学の千葉・幕張本部にある宿泊施設に泊まり込みで、みっちりと、心理面接の基礎、心理査定の方法、事例検討会などを体験します。加えて二年次には、学生の居住地近くの精神科医療施設や教育施設等で、合計九〇時間の臨床心理実習(現場実習)を体験します。これらはいずれも大変密度が濃いもので、ふだんはテレビやラジオなどの放送授業を通して学んでいる学生は、このときとばかり、みるみるうちに多くのことを吸収し、主観的な印象ではありますが、その成長にはめざましいものがあります。
 臨床心理士養成カリキュラムでは、修士論文執筆は必須です。首都圏の学生には放送大学の教員が、地方の学生には居住地近くの大学の臨床心理士資格をもつ教員が、原則対面での指導を定期的におこなっています。ここからも学生は、臨床心理学的な発想や方法、そして何よりも心理臨 床家としての姿勢を学んでいきます。
 修了生の臨床心理士合格率は七〇~八〇%程度(全国平均は六〇%強)です。この合格率の高さは、意欲に溢れた学生たちが充実したカリキュラムの中で学んでいる証左であると言っていいでしょう。

公認心理師

1.放送大学における公認心理師教育のスタート

 放送大学では、二〇一九年度第一学期から、公認心理師対応カリキュラムを学部段階で開設いたしました。現在、公認心理師資格取得をめざす学生は、放送大学において開講されている「大学における(公認心理師となるために)必要な科目」を受講しています。
 「大学における必要な科目」の中には、「心理演習」と「心理実習」が含まれていますが、この「心理演習」「心理実習」は、二〇二二年度から開講されます。

2.放送大学の特徴

 放送大学は、「学びたい人すべてが、いつでも学べる『開かれた大学』」という理念のもとに設置された大学であり、学生数は全国で約九万人、三〇~四〇代を中心に、幅広い年代の方たちが学んでいます。職業も、居住地域もさまざまで、授業の多くはテレビやラジオ、そしてオ ンラインを通じておこなわれます。
 放送大学は、入試がなく、「生涯学習」の受け皿として広く門戸を開いているのですが、一方で、「公認心理師」という資格をめざす人のために、質を保った「専門教育」を提供するためには、受講生を制限する必要が出てきます。そのため、放送大学では、「『心理演習』『心理実習』 受講のための選考試験」を実施しています。資格をとるための道は険しく、放送大学では大学院での公認心理師カリキュラムの対応はしていないことなどを丁寧に広報していますが、それでも受講希望者は多く、二〇二二年度開講のための選考試験では、定員三〇名に対して、三六三名の受験者がおり、倍率は一二・一倍となりました。

3.教養教育と専門教育

 前述したように、放送大学では「広く門戸を開く教養教育」の中で、それとは相反する、「資格をめざす専門教育」を展開するという、難し い試みをおこなっています。
 しかし考えてみると、これは「心理臨床」というものがもっている特徴と合致しているような気もしています。「心理臨床」は極めて高度な専門性を有するものですし、だからこそ資格制度を必要とするのですが、一方で、どんな人にも適用されるような、極めて普遍的な一般性を有するものだとも言えるからです。
 放送大学での公認心理師対応カリキュラムはまだ始まったばかりですが、質を保ち、結果として社会に貢献しうるような学生を輩出すべく、これからも努力していきたいと考えています。

さいごに

 コロナ禍が続くなか、実践と対面を重視する心理臨床家の養成の方法は、大きな試練を受けています。テレビ会議システムやシミュレーション学習を取り入れた、実習や演習、指導の方法を模索せざるをえません。放送大学もこれまで積み上げてきた遠隔教育のノウハウを活かしつつ、五感をフルに使えるような新しい時代の心理臨床家養成の方法を模索中です。

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