私たちは辛い経験をするとさまざまな手段を用いて辛い気持ちを和らげようとします。泣いてすっきりたり、友人に話を聞いてもらうことで慰められたり、好きなことに打ち込んで気をまぎらわしたり、推しの存在に心が癒されるという人もいるでしょう。
また、出来事をふりかえる中で気持ちに変化がみられることもあります。なかったことにしようとしたり、これくらいたいしたことがないと自分に言い聞かせることもあります。いけないとわかっていても人にやつあたりをしてしまったり、お酒をたくさん飲んで忘れようとしたり、自分を傷つけてしまうこともあるかもしれません。
これらは全部、自分のこころを守り、苦痛を和らげるための対処です。周囲に気持ちを理解してもらえず、自分の気持ちや考え、行動を非難されて無数の傷つきが重なると、もはや辛さすら感じなくなってしまうことがあります。これもまた、こころを守るメカニズムと言うことができます。
時間が解決してくれない体験
人には回復する力が備わっているので、多くの場合は時間とともに辛さが和らぎ、時間を経る中でほろ苦い経験に変化したり、時にはあの時の経験が今の自分を作ってくれたとすら考えることもあります。
ところが、こうしたプロセスを経ることができず、忘れたくても忘れられないまま苦しむことがあります。特に、自然災害、事故や事件、性暴力、DV、虐待、いじめなどのストレス体験はトラウマ(心がケガをする)体験になりやすく、安全や安心感が奪われるために長期にわたって心身や生活に影響が及ぶと言われています。こうした体験はあまりにも辛い体験であるために、考えないようにするだけでなく、思い出させるもの一切を避けようとします。それでも生々しく思い出したり、夢の中に出てきたり、考えたくもないのに考え続けてしまうことがあります。
周囲に話すと、「過去の体験を引きずり過ぎ」であると非難されたり、「前向きになる」ことをアドバイスされて落ち込んだり、忘れられない自分を責めてしまうことがあるかもしれません。これは、「忘れようとしても忘れられないくらい強烈な体験」であり、忘れられない自分が悪いわけでも、頭がおかしくなったわけでもありません。風邪をひけば誰しも熱が出たり、咳が出たり、喉の痛みといった反応が出るのと同じく、トラウマを体験したことによって起きる正常(自然)な反応です。
回復への道しるべ
忘れられないほど辛い過去の経験に左右されて、自分の考えや行動が極端になってしまうのも無理はない、当たり前であることを自分に認めてあげることがもっとも役に立ちます。そして、トラウマ体験によって起きている気持ちや考え、行動の変化に気が付くことが回復のための第一歩になります。物理的に安全な環境で、安心を感じられる相手に話せる範囲で話を聞いてもらい、相手に受け入れてもらえると安全や安心感が高まり、人に備わっている回復力が促されます。同じトラウマ体験をした仲間とつながることで、「自分だけではない」「ひとりではない」と思えて、回復が促されることもあります。
それでもうまくいかない時は、臨床心理士は専門家として安全や安心感を提供し、回復力を促すお手伝いができるので、選択肢のひとつとしてご利用ください。