専門家証人とその仕事
専門家証人とは、専門家,たとえば医師や科学者などが、事件に関連する自分の専門的な意見を法廷で話します。私はこれまで2件、弁護側証人として地裁で証言しました。ちなみにこの原稿を書くにあたり確認したところ、法廷で証言した詳細は、新聞等マスコミでも報道されており守秘の必要なしとのことでしたが、加工して記載させていただきます。私は家族療法/ブリーフセラピーの専門家として、家族間で起こった殺人事件における動機解明を依頼されました。被告人は殺害は全面的に認めつつ、動機がわからないという供述を繰り返していました。警察聴取や弁護士等も考えられる動機を追及しましたが、本当に動機がわからないのです。
弁護側証人を引き受ける際、「被告人が動機がわからないと述べているのは、解離などの防衛機制による可能性もある。動機解明するうちに強い殺意に気づくなど弁護側に不利な要素が出たらどうしますか」と弁護士に確認しました。すると「ワイドショーでも大きく注目され、警察も検察も弁護士も本人自身も動機がわからずにいる事件です。弁護というのは量刑を軽くするだけではなく、真実を明らかにし直視を促すのも仕事ですから、弁護に有利不利は一切考えず、ありのままで」と言われました。
そこで、まずは被告と殺害された家族の人物像を良く知る人物、配偶者や友達、兄弟姉妹、親戚などに話を聞き、とりとめのないたくさんのピースを、時系列にまとめてから、被告人本人の面接に臨みました。2件とも、被告は精神的な問題や発達障害のエピソードは見られず、非常にまじめで温厚な人柄で、誰もが「殺人なんてするわけがない」という人物でした。
苦労した点、忘れられない言葉
ダブルバインドなどを用いた非常に専門的な説明になってしまい、これでは法廷で裁判員どころか裁判官にも難易度が高過ぎるということで、わかりやすく図やイラスト入りのスライドを作ることに時間がかかりました。
また、私が述べることは推論であって事実ではない。つまりどこまでも不確定であるにも関わらず裁判にとって重要な証人と期待されるプレッシャーがありました。殺人のことを考え続けているうちに、なぜその凶器だったのか、なぜその角度から殺したのか、どんな気持ちで逃げたのか、被告の心にダイブするような心境にもなりました。
殺害が起こった家族関係は「濃密な親密さが円環するシステム」。「家族の情愛や温和な日常を保つために殺すしかない、逃げることができない」という心理状態でした。検察は「殺すくらいなら、なぜ逃げなかったのか」という攻め方をしてきましたが、「家族から逃げる」という選択肢は思いつきもしないような二人でした。
拘置所で聞いた、被告の忘れられない言葉です。「明日母を殺すと決めた夜、母と一緒に食べた夜ご飯は久しぶりに穏やかな気持ちで食べることができました。とりとめのない雑談が楽しかった」。この時、はじめて涙を見ました。