厚生労働省の統計によると、高齢者の人口は右肩上がりに増加し、全人口の4人に1人が高齢者になる時代が到来すると予測され、日本は諸外国に例を見ないスピードで高齢化が進んでいます。「フレイル」や「サルコペニア」なる言葉がメディアを賑わせ、地域では介護予防のための取組みが盛んに行われ、シニア向けマンションやサービス付き高齢者住宅など、高齢者向けの施設も次々と建設されるようになってきています。
 高齢者が施設入居を決める理由は様々です。「家族に負担をかけたくない」「何かあった時に一人だと心配だから」と自ら入居を決める人がいる一方で、身の回りのことがままならなくなって入居を余儀なくされた人、自らの意志ではなく子供等に促され、住み慣れた住環境から後ろ髪をひかれながら致し方なく入居する人もいるでしょう。

喪失体験

 年を重ねること、つまり加齢とは、筋力低下や転倒といった身体的問題、認知機能低下やうつなど精神的・心理的問題、独居や経済的困窮など社会的問題などに直面しやすく、様々な観点から喪失と対峙しなければならない時期でもあります。
 喪失体験には、大事な人に先立たれることだけでなく、家庭内での役割が変化することや、施設入所や転居によって住み慣れた家や親しかった人達と離れなければならないことも含まれ、施設入所や入居は、喪失反応を誘発する大きなライフイベントでもあるのです。

障害発達論

 ポール・バルテスというドイツの心理学者は、「発達とは全生涯を通じて常に獲得(成長)と喪失(衰退)とが相互に関連しあって共在する過程である」という生涯発達理論を提唱しました。彼は、高齢者は減退や衰退としての存在だけではなく、英知を有する可能性を示唆したのです。つまり高齢者は、獲得と喪失が光と影のように表裏をなしながら、メンタルヘルスに影響を及ぼす危機が生じやすい人達なのです。

ライフレビュー

 入居した施設で、ケアのスタッフから心理相談をしてみたらどうかと提案され、相談室の扉を叩く高齢者の多くは、この獲得と喪失をテーマに訪れる人がとても多いと私自身感じています。自らの身体的・精神的機能低下といった喪失に直面して不安が助長される人、らの人生を顧みて悔恨と自己嫌悪に陥る人、家族との解決し難い葛藤を抱えている人、時に言い憚られる秘密を吐露し始める人に出会うこともあります。
 高齢者の話に耳を傾け、寄り添いながら、懸命に生き抜いてきた人生に光を当て直す作業は、人生の紡ぎ直しでもあり、高齢者の英知を呼び覚ます"獲得"としての一端であるのかもしれません。また高齢者は、認知症の発症リスクも高くなるため、認知症のスクリーニングを行ったり、認知機能の状態から生活の工夫を提案したりすることができるのも臨床心理士の強みと考えています。高齢者領域は福祉の専門家が多いのが特徴ですが、Bio-Psycho-Social の側面からクライエントをアセスメントできる臨床心理士が果たせる役割は多く、活躍できる場が増えていくものと確信しています。

●参考文献
Baltes, P. B (1987), Theoretical Propositions of Life-Span Developmental Psychology On the Dynamics Between Growth and Decline.
Development Psychology, Vol23, No 5, 611-6.

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