これは、心理学に興味を持ちはじめた高校生および大学生に向けて書いています。
高校時代のときめき
高校生の私は、夜見る「夢」に強く惹きつけられていました(よかったら本誌10巻2号20頁を参照ください)。図書館で夢に関する本を読み漁り、辿り着いたのは河合隼雄の『明恵 夢を生きる』(講談社、1995五年)という本でした。夢についての著者の考え方から実際の解釈まで、私にはあまりに衝撃的で、そのときの胸のときめきを今でも覚えています。
その後、河合隼雄の著書をたくさん読みました。専門書、一般書問わず、河合隼雄の本は「生きる」ということの奥深さや人の心の複雑さを常に考えさせられます。オススメはたくさんありますが、ここでは「初心者」でも読みやすい一般書である『こころの処方箋』をご紹介します。
心の複雑さを割り切らないまなざし
本書は連載がもとになっており、コラム形式で様々なテーマが論じられています。その最初のタイトルが"人の心などわかるはずがない"という、なんとも衝撃的なものです。心理学を学びはじめる人には「人の心がわかりたい」という動機が少なからずあるでしょうし、当時の私にもありました。しかし、本文に目を向けると、「人の心がいかにわからないかということを、確信をもって知っているところが、専門家の特徴である」とあり、単純に「わかるorわからない」という水平方向の問いとは違う次元からまなざしがむけられていることがわかります。
それは、人の心に潜む未知の可能性を大切にするまなざしです。本書では、日常で私たちが経験する様々な苦悩や戸惑い、人と関わる難しさが具体例とともに挙げられていますが、いずれも表面的な解決を急がず「ゆっくり構える」ことで「有益な発見」が生じてくる、という視点を大切に語られています。
このように、本書を読んでいると出来事に対して反射的に対応するのではなく、一旦「間」をとってその出来事と向き合い、背景に広がる世界を想像しながらその先の展開をじっくりと待ってみようという「心の余裕」が生まれてきます。そのとき、一般的に自明と思われることでも、「本当にそれでいいの?」とわかっているつもりでいる自分が問答されているような気持ちにもなります。『こころの処方箋』というタイトルで想像されるような「即効性のある薬の処方﹂というよりは、あらゆる出来事に対して向き合う「生きる態度を見つめ直す機会」を与えてくれる本ではないかと思うのです。
ときめきを追い続けてください
このコラムでは私自身が高校生のときに衝撃を受けた本の一冊を紹介しましたが、本を読むときに私が大切にしているのは、「未知との出会いに対するときめき」です。それを追い続けることが結果的に勉強にもなっているように思います。どんな本にも、ときめきの素は潜んでいます。まずは気になった一冊を手にとって、ゆっくり読んでみてください。機会があれば、あなたのときめきを教えてくださいね。