私はニュージーランドのオークランドで数年間アーツセラピーを学びました。同じ地域で、2019年 5 月、懐かしい雰囲気を感じながらアートセラピーとは異なる面からのアプローチであるスキーマ療法の研修会に 3 日間参加しました。

多様性の中での学び

 アオテアロアというのはマオリ語でニュージ ーランド(以下 NZ)という意味です。NZの成り立ちは移民の歴史と重なり、先住民も含めた多文化共生の意識が幼児教育の中にも根付いています。先住民であるマオリの人達の多くは、自分の文化を継続し支えてきた言葉や生活習慣などを変えることを余儀なくされ、社会的弱者の立場に立たされてきた歴史があります。現在ではマオリの文化は国家レベルで尊重され、日常生活でマオリ語も見聞きします。アオテアロア/ NZの様々な文化背景を持った人たちと接しながら学ぶことは、様々な文化と接するだけでなく自分の中の多様性と向き合う体験でした。多様性に気付き受け入れることを助けてくれたのは、アオテアロア/ NZ特有の「対等(ピア)に体験する」という感覚と、アーツセラピーから学んだ主観を大切にし、決めつけず、プロセスを信じるという姿勢でした。アーツセラピーは、非言語的な要素を含むのはもちろんのこと、創造的なプロセスを通して自分の中にある様々な側面を探索し統合することを助けてくれ、言葉を超えて他の人々と体験を共有する在り方を教えてくれました。スキーマ療法は認知療法の進化版と言われています。そのスキーマ療法を、アオテアロア/ NZで学ぶことは、多様性が認められている場で、認知機能の維持に重要な言語をどのように共有しどのように情動との結びつきを得るとよいかということを学ぶ機会になりました。

スキーマ療法研修概要

 スキーマ療法 Level Iでは、オーストラリア出身の Robert N Brockman 博士から、スキーマとはどのようなものであるかということや治療が困難とされるクライアントへの介入方法をロールプレイやデモンストレーションとともに学びました。1 日目は、基本的なスキーマ療法の知識についての講義でした。「スキーマとはレンズを通して世界を見ているようなことであり、信念ではなくあくまでもテーマであり、専門家はスキーマを探すわけではなく多様性を見る」と説明されていました。幼少期に満たされなかったニーズがスキーマに影響していること、レンズにも生活に適応的なレンズと不適応的なレンズの両方があり、否定的であるか肯定的であるかというよりも「生き残るための闘い」として捉えることが大切だと話されていました。2 日目の内容は、セラピーの枠組みと介入方法についてでした。なかでもセラピストがクライアントとの共同関係を通して、ほどよい関係を築くためのルール作りというような制限を設定することの重要性を強調していました。認知的介入方法では、感情的・認知的体験の客観視やマインドフルネスなどの技法やイメージを活用し、感情の深い部分で変化を体験できるよう試みていました。3 日目は、対処方法・スキルに働きかけることによる変化の段階について学び、ペアで実際の介入方法の練習を行いました。スキーマの概念は個人が持つ多様性を理解する上で共通言語となる一方で、文化背景によって実際の介入における体験様式は異なるように感じました。スキーマに関わる個人的な体験だけでなく文化や民族性や宗教の影響をより深く理解し、配慮する必要があるように思いました。

第二言語で学ぶということ

 第二言語で学ぶ過程を通して、言語の使用そのものが考え方や感情体験に影響していることや、その土地で使われている言語を話せることが生き残れるかどうかに関わることを実感した体験でした。そういった言語の重要性を感じる一方で、心理療法を学びながら第二言語と自分自身を繫げることに奮闘していくうちに、言葉にも形にもなりきらないものが私たちのからだ・こころ・精神に引き継がれているという感覚が強くなっていきました。アオテアロア/ NZで学んだ体験は、人々を支えてきたコミュニティの崩壊や自分のルーツを見失うことが先住民の人達だけでなく現代を生きる多くの人達の精神面にも影響していることを見直すきっかけになりました。私たちが共有している言語が社会的な力を持っているように、精神のような目に見えないけれど生きることに深く影響しているようなものを私たちがどのように共有して いくのかを自覚することは、今後益々多様化し、曖昧で不安定な世界を生きていくための力になるように感じます。アオテアロア/ NZでの学びを通して私たちの社会文化的在り方を多様性の共存という視点から捉え直すことは、心理臨床場面での共有のあり方とその力を再考察する体験になりました。

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