「これ、随分甘いね。ソース入れすぎた?」
「え?そうでもなくね?『雑な屋台』って感じ。まぁ、悪くないっしょ」
「『雑な屋台!』じゃあ、次はあんたが作んなさいよ!」
「げー、それ、マジで勘弁」
 大きなテーブルで、「女将」と一緒に焼きそばを食べている中学生が大袈裟に肩をすくめる。「女将」はちらりと後ろを振り向き、居間でゲームに熱中している子どもたちに声を掛ける。
「ほら、ご飯できたよ。あったかいうちに食べにおいで」
 呼びかけに応じる子。無言のままスマホの画面から顔をあげない子。台所から立ち上る香ばしいゴマ油と味噌汁の匂い。ボランティアメンバーの談笑する声。どこからか迷い込んだ野良猫の退屈そうな鳴き声。『鬼滅の刃』の漫画を無心でめくる音。
 これは都内にある子ども食堂の、ありふれた日常の風景です。
 こちらでは、「女将」と慕われる70代の女性が自宅の一部を開放し、10人ほどの地域のメンバーと共に子ども食堂を運営しています。主なメンバーたちは区役所や社会福祉協議会と連携して助成金の申請手続きを行う傍ら、地域の方々からご厚意で頂いた食材を使って、それぞれに腕をふるいます。ここは、いわば、地域の子どもや大人を繫ぐ止まり木のような居場所として機能しているのです。
「NPO法人全国こども食堂支援センター・むすびえ」の調査では、子ども食堂は全国約7363カ所で営まれており(2023年2月現在)、貧困家庭を中心とした子どもたちに食事を提供するほか、地域の人々が集う交流拠点としての役割も担っているとされています。一方で、子ども食堂に補助金を助成する自治体は限られており、財政基盤は心許なく、専従のスタッフの数も少ないケースが多いようです。行政による支援制度が確立されていない反面、運営者の自由な意思に委ねられ、主体性に開かれていることも特徴の一つと言えます。
 筆者は縁あって、数年前からこちらでボランティアを始めました。といっても、旬の野菜や肉を刻んだり、トイレの切れた電球を取り替えたり、子どもたちと近くの多摩川まで一緒に散歩する、といった類のもので、筆者の日常とそう変わらない地平線です。メンバーと共に、子どもたちとただその場に居る、見る。一緒に食卓を囲む。心の声が漏れるならば、それを拾う。聴く。もし、語られなければ、その時をただ待つ。

食堂に溢れる子どもたちのポリフォニックな声

 こちらの子ども食堂には、不登校の子や一人親家庭の子、逆境的な育ちを余儀なくされてきた子など、社会のマジョリティから周縁化された場で生き抜く子どもたちが集まっています。
 多くの子は言葉すくなに黙々と食事を済ませ、そっと居間に移ります。その様子は、めいめいの子が必死で繭の要塞を作り、「これより先、大人の無用な侵入、お断り」とでも訴えているようで、その傷つきの大きさに戸惑ったものです。食堂からは雑多な音や匂いは立ち上るものの、子どもたちの心の声はひっそりと息を潜め、凪のように静かで語られることはないのです。
 子どもの目にこの世界はどのように映っているのか。子どもたちの語りはどう生まれるのか。心の声を聴く営みには、やはり、突破口や処方箋などはなく、共に居る時間と関係性とに支えられているように思われます。子どもが「自分を脅かさない」と感じられる大人と繫がること。そして、大人が子どもの心を安易に分かった気にならず、分からなさを共に抱えるプロセスとも言えます。
 一緒におにぎりを作るの頼んだ時に、「学校さぁ…。『行け』って親は言うけど、どうしようかって…。学校に行かないって、『ダメ人間』ってこと?おかしくね?」とため息交じりにポツリポツリと語りだす子。そこには、「学校に行くべき」という周囲からの要請に応えられない自分を責め苛む声も溢れているようです。そして、『ダメ人間』という烙印を背負うことへの抵抗や葛藤、痛みも聴こえてくるように思われます。
 多摩川の土手で水遊びをした帰りに、「ママは『食堂でご飯食べといて』って言うけど…。仕事、頑張ってるって分かるけど…。分かるけど、なんかイヤ。ぶっちゃけ、なんで毎日?って思う」とそっと苦悩を語りだす子。母親と二人暮らしのその子は、夜遅くまで必死に働く母親の背中を見て、その現状を頭では理解していても、心の中では淋しさや遣る瀬無さを抱えているかもしれない。もっと一緒に居てほしい、ご飯を一緒に食べたい、という切実さと隣り合わせの声も漏れてくるようです。
 ボランティアメンバーたちとミカンを食べながら、「やっとマスクが外れるみたいだね。化粧の仕方、忘れちゃったわ」やら、「スーパーの卵、400円だって!そうそう買えないよねぇ」といったとりとめのない話をしている最中に、「オバサン、ちょっといい?あのね…」と呼びかけてくれる子。共に過ごしていくプロセスを重ねると、子ども食堂には無数の、拾ってもらえてこなかった声なき声がポリフォニックに溢れていることに気づかされるのです。

循環するケアの結び目と分断されたコミュニティの回復

「女将」やメンバーの大人たちは、あるがままのその子の有り様をまるごと受容しています。ある時は、焼きそばやおにぎりの力を借りて。またある時には、お節介オバチャンの愛嬌を使って。ふっと子どものからだが緩む。大人と一緒にほっとする。まずは空腹だった子のからだを満たし、それからゆっくりとゆっくりと迷いや葛藤を聴いていく。子どもの心を分かった気にならずに、共に眺めていく。温かい眼差しのなかで。次第に、出逢った時は曇りがちだった表情にほんのりと笑顔が漏れる。胃袋が満たされて、やがて、やっと心の手当てが始まるのです。子どもの心に少しずつエネルギーが満ちると、ほんのりと回復の兆しのようなものが見えてくるように感じます。
 ややもすると変化のない凪に感じられた世界は、「女将」やメンバーの温かさとケアに満ちていて、子どもの心を支える安全基地として機能しています。子どものDoingではなくBeingを保障された居場所。筆者もそうなれるように、微力ながら汗をかいています。同時に、私たち大人自身も子どもたちの可塑性や成長に支えてもらっているのです。
 この食堂に循環する相互ケアの善きつながり。安心で安全な食堂で供されるものは食事だけではないのです。それは、分断されがちであったコミュニティや他者への信頼、そして、親密さそのものの回復です。場が人を抱えていく。子どもたちにとって、ありふれていなかった日常を、豊かでありふれた景色に変えていく。そこには、たくさんのケアの結び目が波のように現れ、子も大人も自分自身に出逢う物語を紡いでいると言えるかもしれません。
 今日もこちらの子ども食堂では、ケアとセラピーとのあわいに居る子どもたちの声が溢れていることでしょう。

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