私の所属するSHIPは、神奈川県横浜市にあるLGBTQ+や家族等の支援団体です。コミュニティスペースや交流イベント、相談には、様々なセクシュアリティの人が訪れます。皆さんは「LGBTQ+」という言葉から、どんな事を思い浮かべるでしょうか。言葉は知っているけれど、身近にはいない?周囲と違う事で悩んでいる人?あるいは、カミングアウトをされた経験がある人は具体的な友人や知人を思い浮かべるかもしれません。

セクシュアリティの多様性と悩み

 性的指向(sexualorientation:性愛の対象がどの性別に向くか)や性自認(genderidentity:自分の性別についての認識)のあり方が多数派でない人は、LGBT(レズビアン、ゲイ、バイセクシュアル、トランスジェンダー)の四つの他にも多様な人たちがおり、その人たちも含む言葉として、ここではLGBTQ+という表現を使います。
 セクシュアリティを表す言葉をインターネットで検索すると、非常に多くの用語が出てきて、少し圧倒されてしまうかもしれません。SHIPを訪れる人からも、自分を表現する言葉として様々なものが語られます。「自分の事が何かわからなくて、その言葉を知った時にすごくしっくりきた」という人もいれば、「色々見てみたけれど、自分がどれに当てはまるのかわからない」という人もいます。性別や恋愛についてのもやもやした感じ、周囲への違和感は一体何なのだろうという思いを抱えながら、自分自身を模索していきます。インターネット上で、あるいは実際に会って交流する中で、自分と近い体験や感覚を持った人に出会えた時、「本当にいたんだ」「自分だけではなかった」と感じる人が多いようです。
 LGBTQ+には、社会の中で少数派であるために生じる悩みや生きにくさがあります。「性別は男と女の二種類」「異性を好きになるのが当たり前」といった多数派を前提とした価値観が強い社会では、LGBTQ+は自己肯定感を持ちにくく、日常的にストレスの高い状況で過ごしています。また、当事者同士のつながりが得にくい状況では、身近にロールモデルがおらず、自分の将来像が描きにくかったり、不安や孤立感が強まる事があります。それらの事が、LGBTQ+のメンタルヘルスに悪影響を及ぼしていると考えられます。
 またLGBTQ+の悩みといっても、それぞれのセクシュアリティによって異なる部分もあります。たとえば、トランスジェンダーの人が抱える、性自認と生まれた時に割り当てられた性別が一致しないために起きる生活面での悩みと、LGBの人が抱える恋愛や性的指向、パートナーシップに関する悩みでは、内容が異なってきます。LGBTQ+の中でも、それぞれのセクシュアリティの人がどのような体験をしているかを知り、どのような思いや悩みが生じやすいかを知っておく事が大切です。

同じセクシュアリティでも、多様なあり方、多様な悩み

 しかし一方で、同じセクシュアリティであっても、個人によって多様なあり方があり、それぞれの思いや悩みがあるという点は注意する必要があります。たとえば、同じゲイというセクシュアリティの人でも、「自分が同性を好きだという事に抵抗感が強く、まだ他の人と直接交流するのは不安だ」という人もいれば、「自分がゲイである事は肯定的に受け止めていて、周囲には広くカミングアウトしている」という人もおり、それぞれの思いや悩みの内容は異なってきます。
 さらにLGBTQ+でも、その人の性的指向や性自認以外の特性や状況も含めて理解する必要があります。同じセクシュアリティでも、年齢や発達段階によって抱える問題や悩みは変わってきますし、なかには発達障害の特性や、精神障害がある方もいます。
 LGBTQ+について理解するために、知識や情報を集める事は重要です。しかし自分が一度知った事にとどまり、「このセクシュアリティの人はこういう悩みを持っているものだ」と決めつけてしまうのは、新たな固定観念を生んでしまう事につながりかねません。関心を持ち続け、情報や知識を常にアップデートしていく事が大切です。またそれに加えて、同じセクシュアリティであっても一人一人の多様なあり方がある事を忘れずに、今、ここにいる人はどのような体験や思いをしているのかという事に丁寧に向き合っていく事が重要です。

特別な人の、特別なテーマではなく

 LGBTQ+について理解するという時に、私たちはともすると、自分たちとは違う特別な人たちを、その外側から理解するという視点になっていないでしょうか。性的指向や性自認は、LGBTQ+という特別な人の、特別なテーマではありません。そのあり方が多数派なのか少数派なのかという違いはあったとしても、それまでの人生を歩む中で、誰もが関わっている事です。そして心理臨床家も、一人の「私」として生きている以上、ジェンダー、恋愛、セックス、パートナーシップ、家族といったテーマを、それまでの人生でどのように生きてきたか、どのような価値観を持っているかという事と切り離す事はできません。ジェンダーやセクシュアリティに関する事は、感情、欲求といった個人のより深いところに結び付いた価値観と関わっており、臨床家自身も自らがどのような価値観や信念を持っているかを振り返り、自覚しておく事が必要でしょう。

多様性に気づく、気づかされるという事

 セクシュアリティの多様性に気づくという事は、自分がそれまでに貼っていたラベルを検討し直すような体験だと思います。私自身、SHIPで様々な人と出会い、語りを聞いている時、ジェンダーやセクシュアリティについての相手の体験や価値観を知ると共に、自分自身が感じ、気づかされる事があります。他者の語りを聞く中で「ああ、それは私にもわかる、似ているな」と思ったり、「今まで知らなかったけれど、そういうとらえ方や感じ方もあるのか」と驚かされたり、相手の理解を進めながらも、自分自身がより形作られていくような感覚がする事があります。自分の中のイメージや前提が崩される事。一度それを壊して、また作り上げていく事。そして、また新たに覆される体験。その繰り返しで、多様性に気づかされていくのではないでしょうか。
 多様なセクシュアリティについて知り、語りを聞く時、それは聞く側にとって、個人的な感情や価値観を刺激されるような体験となり、時には動揺する事もあるかもしれません。しかしそれをふまえて、もう一度相手を、そして自分自身をとらえ直そうとする時に、セクシュアリティを含めたその人全体を理解する事が、より豊かなものになっていくのだろうと思っています。

広報誌アーカイブ