国際結婚と離婚

 少子高齢化の影響もあって、日本国内の婚姻カップルの総数は減少傾向にありますが、一方で国際結婚によるカップルは増え続け、1995年(平成7年)と比較して、2020年(令和2年)には2・3倍近くに達しています。
 国際結婚の増加とともに、離婚も増え、親権を含めたさまざまな問題も生じることになりました。そこには日本と諸外国との子育て文化や夫婦関係のあり方なども影響しているように思われます。
 日本においてかつて離婚は「離縁」とも言われ、縁を絶つという意味のものでした。その名残か、今でも日本は離婚後に子どもを元配偶者に会わせないとする子どもと同居している親(以下、同居親)とその親族が多いようです。裁判所が「別居している親(以下、別居親)との面会交流をさせましょう」と促しても前向きになれない方もいます。そして職務を通して、私が出会った事例でも、別居親に会わせることを拒む同居親とその親族は多いように見受けられます。
 日本では川の字で寝る文化に見られるように、子どもが生まれたときから、家族における父母役割を、夫婦関係の役割よりも尊重しているように見受けられます。
 そのような文化的背景の日本において、「離婚」に至る原因を作った相手については、「男女のパートナーとしての役割」よりも「家族の役割」を放棄したと受け取られ、「家族の裏切り者として許せない」「もう家族ではないので子どもを会わせない」などというような心情も働くのかと想像します。
 一方で、特に欧米文化圏等では、子どもが小さいときから両親との寝室を分けることに象徴的なように、カップルとしての相手を必要とし、尊重します。ですから離婚は、夫婦間の男女関係の解消という側面がより強くなると考えられ、そういった離婚観の相違は、親権の問題にも影響を及ぼしていると感じます。

ハーグ条約

 ところで皆さんは「ハーグ条約」をご存知でしょうか。国が異なれば法律も制度も異なるため、国境を隔てて所在する親と子に関して、締約国間の協力について定めた条約です。
 この条約では次の二つのことを定めています。①一方の親により、もう一方の親の同意を得ないまま国外に連れ去られた子どもを、どちらの親が監護するか決めるために、もと居住していた国に返すこと、②別の国にいる親に会う子どもの機会を確保することです。
 しばしば誤解があるところですが、「ハーグ条約」は国籍を問わず、子どもが今いる場所と、親のいる場所がこの条約の締約国内にあるかどうかが問題となります(現在の締約国数は103カ国)。そのため、日本人同士でも問題となるケースもあります。
 例えば、②の一般的な例では、海外で暮らしていた日本人の家族で、何らかの事情により一方の親と子のみが帰国した場合、残された親が子と会うために、ハーグ事案として申請するようなことがあります。子どもにとっては、愛着対象が奪われている可能性が高い状況です。「ママ(またはパパ)はどこに行ったの?」「いつ帰ってくるの?」と毎夜、同居親に聞いているかもしれません。そのときに同居親は、子どもに何と答えるのでしょうか。想像すると胸が痛みます。
 子どもは、親が無意識に発している言葉や態度を、当然のものとして受け入れます。ハーグ事案で出会う子どもたちは特に、一緒にいる側(親族も含む)の気持ちをくんで、無意識のうちに周囲から望まれている言動をとる傾向が見られると感じます。周りの大人が、別居している親のことをよく思っていないと感じる場合には、言われずとも自分も同様の振るまいをするでしょう。子どもが子どもらしくいられない状況ともいえます。子どもと同居している親やその親族に同調して、子どもは違和感を感じながらも、別居している親の悪口を言うようになることがあります。
 また、周りの意向に敏感にならざるを得ない分だけ、自分自身でも、どれが本当の気持ちか分からない、ということもあるでしょう。そんな子どものある場面の言葉だけを切り取ってみても、実際の気持ちとはかけ離れてしまうように感じます。子どもの意識の深いところが浸食されるような体験だと思います。
 ①について問題となるケースとは、一方の親の同意を得ずに、子どもを住んでいた国から外国へ連れ出す、または許可を得てから連れ出した場合でも、約束した日までに子どもを、もと居住していた国に返さない場合です。
 この場合は調停や日本におけるハーグ条約中央当局である外務省が委託しているADR機関(裁判外紛争解決機関)などを通した話し合いの機会を設けることもできるので、その中で折り合いがつけられることが望まれます。一切話し合いに応じず、裁判所の求めをスルーし裁判を欠席している間に、子どもの「返還命令」が出てしまうような場合は、子どもにとって大きな負担となると感じます。
 第三者を交えて話し合いを進めることで、合意ができるケースもたくさんあります。合意ができると、今後の「見通し」が立ち、それを子どもと共有できる利点があります。

非言語的な「子どもの気持ち」を汲み取る

 子どもの成長にとって、「見通し」を持てることが大切なのは言うまでもありませんが、ハーグ事案のように、親や親しい人たちと不意に引き離される経験をした子どもには特に、「見通し」を持たせてあげたいと思います。
 ちなみに「返還」というのは、「もと居住していた国に返す」という意味であり、親の元に返すことを意味するわけではありません。ですから、子どもと同居している親が「もと居住していた国」に、子どもと一緒に帰ることも可能です。
 しかし「もと居住していた国」で精神的、経済的等の非常に苦しい思いをしていた末、日本に帰国しているような場合には、「もと居住していた国」に帰ることも難しいでしょう。そのような場合には尚更、自身が譲れないところを守るために、話し合いに応じて、譲れるところは譲り、子どもが「見通し」を持てる解決につながればと思います。
 国際結婚した両親の間に生まれた子どもたちは「ハーフ」や「混血児」などと呼ばれてきました。これらの言葉に差別的な意味合いを感じて、傷つくこともあったかもしれません。両親の国籍や人種によっては差別的な言動に曝される状況が未だにあります。
 さらに両親の離婚によって、子どもたちの心は一言で表すことができない、複雑なものとなっているでしょう。一概に言い切れない、非言語的な「子どもの気持ち」を汲み取り、関与する大人たちに正しい理解を促していくこと、そして親が子どもとより望ましい未来を作ることができるように、現実と向き合っていく伴走をすることは、臨床心理士である私の仕事のひとつだと考えています。

*原稿には個人的見解が含まれており、所属組織の見解を示すものではありません。

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