国家資格の創設にかかわる委員会
としてのこれまで

 日本心理臨床学会の資格関連委員会は心理職の国家資格創設への取り組みを目的として二〇〇三年に設けられ、その後数年ごとの担当者交代を経ながら今日まで引き継がれてきました。心理職の国家資格は二〇一五年の九月に「公認心理師法」が国会を通過して創設され、二〇一九年現在、主として心理の業務に既に就いている者を対象とする第一回国家試験が実施されて公認心理師が誕生しています。お手元に本誌が届くころには第二回の国家試験も行われています。そして、ここにいたるまでには半世紀にわたる到底書き尽くせないさまざまな紆余曲折がありました。

 「公認心理師」という名前はまだ聞き慣れない方が多いのではないかと思われますが、資格の名称をどうするかということにも複雑な事情と経緯がありました。近年はこころの相談にのる心理支援職へのニーズが大きくなっている世の中ですので、これまで最も知られていた「臨床心理士」のほかにもいくつもの民間資格が作られています。それらの実績を尊重しない国家資格は作れないことから、他と紛らわしくない名称にするために「公認」と言う文字と「師」と言う文字があてられました。

資格関連委員会は本学会がこうした経緯に深く関わってゆき、適切な国家資格が作られるように、必要な情報の収集を行い、学会に対して諸活動の提案を行ってきました。また三万人に及ぶ当会会員に対しては、年一回の大会の時に、関係する国会議員の方々や関係者をお招きして、国が求める心理支援職について講演していただいたり、資格創設に関わる国の動きを報告していただいたりしてきました。

これからの社会における公認心理
師の課題

 公認心理師法を読まれた方は少ないと思いますが、法律の常として、大変ざっくりとした基本的な条文が並んでいるだけですので、立法の精神を現実に生かしてゆく具体的業務への指針は別途作られる必要があります。社会のあらゆる場面でこの資格が適切に機能するためには、急速に変化する世の中のニーズに対応できることが求められます。しかし「令和」という時代の冒頭では、既にたくさんの課題が指摘されています。少子高齢化が進む中で、子ども虐待とその背景にある家族のDV、貧困、親の不和、うつ、薬物、アルコール等の問題、またWHOが新たな精神疾患とするかどうかで議論になったゲーム依存等の問題、認知症者の介護と社会参加の問題、学校でのいじめ、各種ハラスメントによる人権侵害、若者の自殺者が減らないこと、対人関係の中で生きにくい個性を持つ人々の顕在化、労働条件の不安定化と生活不安、格差問題ほか、枚挙に暇のないこれらの課題に、個々の人への心理支援をもって取り組むことは、畑の草を引きつつ天を仰ぐかのような終わりのない営みにも思えます。

 二一世紀に入る時には、それはこころの世紀とも言われました。人間が人間らしく、どんな人も自らのこころを大事にすることができる社会というニュアンスが含まれていたかもしれません。科学技術の進展により、いろいろなことが急速に便利になりましたが、地球環境の悪化といった人類の生存に関わる弊害も伴うその変化の速度は、一〇年後の私たちの生活がどうなっているかも見通しにくい速さです。有機体としての私達が、その個別的で柔らかな世界をどこまで保てるのかについてすら、危ぶむ思潮もあります。

心理支援に携わる者の資質と資格
そのものをどのように育てるのか

 話を資格関連委員会に戻しましょう。こころの支援を行う専門性の基盤については、心理学の理論と技法の実践的な研究の歴史があります。それらの成果を実際の支援に生かそうとするときに、支援する者とそれを求める者の間に「関係」という転変極まりない要因が生まれ、動き、この関係の中で要支援者がその困難から脱することができるように適切に振る舞うことが、心理専門職の資格ある者に求められる基本条件とも言えます。「関係の中で適切に振る舞う」ことは通常の子育てや社会生活の場にも求められることなので、心理的な支援は誰かがそれを仕事として独占するようなものではないということも、公認心理師法の精神の一部です。しかし、占いや神秘主義的な概念を用いて人のこころを導くのではなく、その人が現実を踏まえながら自己の存在を感じ、他者と共にある、人としての、自己の生きかたを肯定できるよう支援することは、問題が個人の内面でのみ解決できるわけではない社会の現実と相まって、容易な営みではないと考えざるを得ません。

 公認心理師のカリキュラムにおいては実習が重要視されており、特に大学院課程では四五〇時間以上の実習を必須としています。そのうち担当するケースの実習が二七〇時間以上であること及びそのうち九〇時間以上が学外でなされることが課されています。

 二〇一九年六月に開催された本学会の第三八回大会では本学会カリキュラム委員会と合同で、公認心理師の実習に関する課題を取り上げました。その準備として委員会では実際の実習機関の指導者から指導経験に基づいて、学生時代の実習に望まれる内容について話し合ってもらいました。そこで浮き彫りになったことの一つが、外部実習では個別のケースを担当すること以前に、支援を必要とする人およびその家族の生活実態に関心を向けること、そしてそれが人々や制度とどのように関わりあっているかを知ること。さらに、そのような実態をもつケースへの心理支援にはどのような役割が求められるかを想像する力をつけるために外部実習は役立てられるはずだ、ということでした。そのような想像力があると、その人の生活に根ざした個別の心の支援が、より適切に行えると考えられました。

資格関連委員会の今後の課題

 資格関連委員会がどこまでその役割をつなぐかは本学会が法人組織として決めてゆくことですが、国家資格は社会の決め事であり、今後の法の見直しなどもなされます。国家資格は公器、あるいは社会の装置として、法は「その業務の適正を図り、もって国民の心の健康の保持増進に寄与する」ためにあるという目的を示しています。養成課程は学部四年+一定のプログラムに基づく実務経験二年以上(標準三年)という例外はありながら、基本は大学院も加えた六年のカリキュラムとなっています。しかし科目を修めて試験に合格しただけでは、既述のような課題に取り組む即戦力にはなりえず、さらなる研鑽を法も求めています。

一方、国家資格ともなると、各方面からそれに向けてのさまざまな期待、要請、制限といった働きかけがあるのも現実です。そうした事柄に取り囲まれながら、先に述べた専門性を深化させてゆくというこれからのこの資格そのものが持つ課題への取り組みも、当学会資格関連委員会の視野に入ってくるこのごろです。矛盾や不条理だらけの世の中で、こころの健康を支援する者の国家資格は待望されてきていますが、さまざまなところでその期待を裏切らない仕事が展開されるための課題もまた重いものがあります。

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