近年、若年層の間で危険ドラッグの使用が急速に広まり、心理臨床の中でも「薬物依存」の問題に出会うことは増えてきました。「薬物依存」とは、一体どういうものであり、立ち直りにはどのような支援が必要か述べてみたいと思います。
薬物依存症をめぐる実状
わが国では、第二次世界大戦後から覚せい剤の乱用が社会的問題となり、薬物依存の問題がクローズアップされるようになりました。しかし、現在でも日本における薬物依存症専門病院はごく少なく、専門医の数も限られています。2007年に「刑事収容施設及び被収容者等の処遇に関する法律」が施行され、受刑者の更生と社会復帰を促進するために、治療的なアプローチが提供されるようになりました。その代表的なものに、松本らが開発した「SMARPP(Serigaya Methamphetamine Relapse Prevention Program) 」があげられます(2016 a)。これまで、薬物依存症は司法領域の問題とされることが多く、一般精神医療における治療、支援の取り組みはまだ始まったばかりなのです。
薬物依存症に対する誤解
薬物依存症は、よく当人の「意思の問題」と取り違えられることがあります。「彼らは意思が弱い。だから一時の快に流されてしまう」。こういったことは、支援者が支援の過程で抱きやすい思いです。しかし、「依存症」はれっきとした病気です。そして、回復のためには息の長い支援が求められることを支援者は心得ておく必要があるでしょう。松本(2016b)は、SMARPP を実践する中で、何より治療の継続を優先すべきだと述べています。
薬物依存症の心理とその支援
「薬物依存症」は社会的因子の影響が大きい病気です。刑期を終え、更生したはずの人が再び過去の人間関係に戻れば、容易に再使用が始まってしまいます。そのため、自助グループやダルクなどの支援資源を使い、安全で所属感の持てる居場所を提供することがまず大事です。そのうえで、心理臨床的支援が始まっていきます。「依存症」支援の難しさは、その治療動機の乏しさにあります。「依存症」はよく「否認」の病気といわれますが、彼らはいくら薬物のデメリットを知っていても、我
が事として切実に悩むのが難しいという心理的問題を抱えています。そのため、支援者はそういった「否認」の心理を理解しておく必要があるでしょう。その上で、事前の明確な治療契約をおこない、再使用を受け止めながら「失敗を正直に言える」関係を作っていくことが重要です。その後、支援を続けていくと、薬物使用をめぐる彼らの両価的な感情が明らかになってきます。薬を〝やめたい〞けど、〝やっぱりやめたくない〞。その二つの感情の中で揺れ動き、苦悶することが続きます。そして、支援の最終段階では、彼らが〝なぜ〞その薬物を選択したのか、その固有の歴史に焦点を当てて理解することが最も重要でしょう。このようなことは、薬物だけでなく、自傷行為や嗜癖の問題でも同様の構造があると思います。カンツィアンら(2013)は依存症者の心理として「自己治療仮説」を提唱しました。「依存症の本質が、脳内報酬系を介した快感の追求でなく、感情的苦痛の緩和である」と考えたのです。つまり、彼らは、耐え難い苦痛や無力感などのこころの痛みを和らげるために最も適した薬物を選択しているのです。その人固有の薬物選択の理由や、生い立ちの中での必然性を理解しようとする支援者の姿勢こそが、「薬物依存からの立ち直り支援」において重要なことといえるでしょう。
●文献
エドワード・J・カンツィアンら/松本俊彦(訳)(2013)『人はなぜ依存症になるのか ―自己治療としてのアディクション』星和書店
松本俊彦(2016a )『よくわかるSMARPP ―あなたにもできる薬物依存者支援』金剛出版
松本俊彦(2016b)『薬物依存臨床の焦点』金剛出版