こころの臨床に取り組んでいる援助者は、大きな犯罪事件の第一報が報道されるときに、一瞬ドキッとしてその報道にくぎ付けになります。「もしやあの人ではないよね?」「よもやあの子ではなかろうか?」という不安な思いが瞬間的によぎるのです。たとえ実際に当事者でなかったとしても、私たち心理臨床家にとって犯罪や事件は、切っても切れない切実な課題であり、そして犯罪に関して社会で果たすべき役割と責任があると思っています。

被害者支援

 痛ましい事件の全容を知るにつれ、その事件の被害者や周囲の人々に生じる言葉にできないほどの悲しみや苦痛に思いを馳せ、やりきれない気持ちになります。犯罪の被害にあってしまった被害者の方を支援することは、私たちにとって欠かすことのできない視点です。多くの被害者やその家族の方々が、突然理不尽な事件に巻き込まれ傷ついています。その上で捜査の過程やマスコミの取材などによって何重にも傷ついたりすることがないように配慮すること、ひとりで事情聴取や裁判にいかないように寄り添うこと。そしてなによりも、事件によって生じるこころの傷つきや痛みと向き合うという困難に寄り添うこと。その悲しみを共にし、ひとりにさせないという私たちの被害者へのこころの支援の仕事です。

犯罪を未然に防ぐ

 そして、同時に加害者にも思いを巡らせます。加害者はなぜこのような犯罪に至ってしまったのか?この犯罪を防ぐことはできなかったのか?と自問自答するのです。
「ぶっ殺してやる」「死ね」「マジいらない」といった言葉は、私たちの相談活動の中でクライエントとの間でよく耳にしている言葉です。しかし"ぶっころしたいぐらい憎い"ことと"実際に殺してしまう"ことは、近く見えますが異なるものなのです。前者は、私たち誰ものこころの奥底や一部としてたしかに存在する「感情」です。そして、後者は「行動」なのです。
 しかし、もちろん、その感情があるから行動をしてしまう、というつながりはあります。ですから心理学的に言えば、憎いという「感情や衝動」と、殺す「行動」を別なものとして取り扱っていく必要があります。それではどうすればいいのか?

感情や衝動を受け止める

 そんなことを思ってはいけない!と禁止や制止をするのはなく、そう思ってしまう感情について誰かに心ゆくまで聴いてもらう必要があるのです。殺したいぐらいの憎しみの背後には、悲しい思い出や、見捨てられや裏切られ、孤独な思い、理不尽と感じる出来事など、たくさんの体験がその人にはあったことでしょう。その人の体験世界に入っていき「あなたとしてはそう思うのも無理がない」ということがわかるまで、聴き続け、関係し続けるのです。
 時には、カウンセラーに負の感情そのものが直接ぶつけられることがあります。それこそ進展です。私たちは「あの子がもしかしたら」という危機感を抱えながら、紙一重のところで行動にならないよう支えていきます。その作業によって、その人の「殺したい」感情は徐々に受け止められ、関係性というこころを通して消化され、荒ぶりが収まって、別の選択肢を選んでいく力もついてくるのです。大切なことは、ひとりだけのこころで考え続けても出口がないということです。誰かと対話することで、ちがった展開が生じる可能性が開かれるのです。
「関係を育み、殺したいぐらいの感情について聴き続ける」
 地道な作業ですが、それが私たち心理士の唯一の道なのです。

社会に目を向ける

 もちろん、それだけで話はすみません。そのような理不尽な出来事が起こってしまう社会の問題も無視することはできません。現場では適切にさまざまな職種と連携や協力を育むことも重要な仕事になります。また、辛い状況の中で何も手当てがないままに誰かが放置されるという、虐待や不適切な環境の問題にも私たちは取り組まなければなりません。テロや災害、ウィルス禍など、生活の基盤そのものが破壊される事態では、負の感情は高まります。理不尽な格差や、自己責任論がはびこって希望がない社会では、絶望が負の感情を後押しします。
 また、インターネットやSNSは正のつながりも促進しますが、負の感情の吐き出し口ともなります。そこでは関係性がないまま、匿名で強い負の感情だけが発散され、時に危険な空間となってしまいます。
 こうして、手当てや見守りのないまま、憎しみや恨みなどの負の感情が蓄積されると、それはいつか行動という形で具象的に発散されてしまうのです。
 そんなことが起こらないために、私たちは社会がどうあるべきかについても考え、発信していく責任があります。

心理士の仕事

 心理士は、さまざまな現場で、この犯罪の抑止に関係し、貢献できる仕事と言えましょう。乳幼児の母子臨床や、児童相談所などにおける虐待臨床、家庭裁判所の調査官、司法領域での矯正や更生の仕事はもちろんです。また、どんな要因で犯罪が起きてしまうのかを解明していく犯罪心理学もとても重要な学問です。
 さまざまな現場で心理士が、あるいはそれ以外のさまざまな人々も、放置されたままだったり、サインが出されたりしている負の感情を見逃さずに発見し、それを受け止める関係を作って、つないでいくことが大切だと考えています。スクールカウンセラーも、クリニックや病院のカウンセラーもそれに関わっているのです。

 私は、最近起こった痛ましい事件、連続殺傷事件などについて勉強をするようにしています。加害者がどんな人生を送っており、どのような関係性の中で、何を感じ、それがどのように事件に結びついているのだろうか? 加害者の生い立ちや経過を調べていくと、あの局面で、あの時代に、誰かがこの人の話を聞いていたらどうだっただろうか? 彼らのこの気持ちを解毒してあげられなかったかと考えます。
 そして、一方でもしカウンセラーがいても難しかったかもしれない、あるいは拒絶されただろうな、と絶望的な気持ちになることもあります。それほどカウンセラーは万能ではないことも感じます。社会にも何らかの仕組みが必要なのかもしれない、と考え続けています。
 事件が起こった後のこころのケアだけではなく、事件自体が起こらない世の中にする。完全に達成することは難しいかもしれませんが、私たち心理臨床家の目指しているのは、そんな世界なのです。

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