日野 今日は日本にK-POPを普及させた立役者であり、K-POPスターとお仕事をされている
古家さんとの対談ということでとてつもなく緊張しています(苦笑)。
古家 普通のおじさんなので気楽にお願いします(笑)。

心理学から学んだこと

日野 韓国と日本は未だに様々な歴史的課題がありますが、その中でも今回は友好的に交流が進んできたK-POPカルチャーのことなどを中心にお話を聞きたいと思っています。ただ、古家さんご自身の今までの活動やご経験についても伺いたいと思っていて、まず大学時代は臨床心理学を専攻されていたんですね。
古家 もともと芸大か芸術学部のある大学に行きたかったんですが、高校生のときに親戚が痴呆で苦しんでいる姿を見たんですね。偶然そのときにNHKで音楽療法について紹介する番組をやっていて、音楽療法で痴呆が治るわけではないんだけれども、改善する可能性があることを紹介していたんです。僕はラジオDJになることが夢だったんですが、同時に学生時代はバンドや今でいうDTM(デスクトップミュージック)もやっていたりして、そもそも音楽が好きだったので、将来は何か音楽に関わる仕事がしたいと漠然と思っていたんです。なのでそんな音楽を使って、少しでも世の中の役に立ちたいという気持ちがあったので、大学で音楽療法を学んでみようと思ったんです。ただ、当時は日本で本格的に音楽療法を学べる学校がほぼなく、これも偶然、地元北海道の北海道医療大学に臨床心理領域の音楽療法が学べる専攻ができると知り、迷いなく、そこに進もうと思ったんですね。そこで初めて、心理学というか臨床心理学について知ることになったわけです。ですから僕は、最初心理カウンセラーって、何か困った人にアドバイスをしてくれる人だと思っていたんですね。すると恩師は「カウンセラーの仕事はクライエント(相談者)の話を聞いて、気づきを与えることであって『答え』を提示する人ではない」とおっしゃったわけです。その言葉がすごく衝撃的でした。今、僕はラジオDJの仕事をしていますが、「しゃべり上手なDJ」ってどんな人かというと、巧くトークすることがしゃべり上手の基準ではなく、いかに「聞き上手」であるかということが大事だと、現場で教えられたんですね。ですから、相手の言葉に耳を傾けることの大切さを、学生時代に学問の一環として学べたことが、今の仕事にとても役立っていると思いますね。

日野 古家さんはイベントのMCとしても活躍されてますが、その中でも「聞き上手」であることが活かされている感じはしますか?
古家 僕がMCをするときに一番気をつけていることが、主人公であるスターと、その主人公に会いに来たファンとの間のパイプ役、橋渡し役に徹することです。そのときに大事にしていることは、スターとファン両方の声に耳を傾けて、いかに少ない言葉で言いたいことを引き出せるかということ。ファンの立場でもありながら、いかにスターに安心感を与えるかという、その間合いが本当に難しいんですね。単なるしゃべり上手だと、やっぱり間を持たせようとして、余計なことを喋りがちになります。でも、人には様々な間というのが存在して、その間合いに対して、MCは待つことが大切なんです。そこには表面的には「言葉」がなくても、しっかりそのスターならではの「言葉」があったりするんですよ。

韓国との出会い

日野 なるほど、まさに非言語的な何かがそこにはあるわけですね。先ほどの「パイプ役」の話にも共通項を感じていて、僕たちもスクールカウンセラーの仕事の中では、学校と家庭の間に入って両方と連携しながらどう繫いでいくかということを常に意識しています。古家さんの場合はそれが国と国の規模というか、さらに韓国と日本という歴史的にも政治的にも様々な課題が未だ山積みになっている中で仕事をされているわけですよね。

古家 その本(『K-POPバックパス』イーステージスト・プレス)にも書いたんですが、僕が韓国に触れた最初のきっかけはカナダへの留学にありました。僕はベビーブームの最終世代で、学校教育の中で近現代史を学んだ時間が特に短くて、大正以降の歴史は「自分で教科書を読んでおけ」で終わっているような感じでした。だからアジアの隣国の歴史や日本との関係性をほぼ何も知らないまま学校を卒業してしまっていたんですね。さらに、メディアを介して知る日本は、アジアの中で特に日本が優れた先進国であるというイメージが強く、その感覚が無意識のうちに自分の中に植えつけられているような状態でした。
 先にお話ししたように、音楽療法や英語を勉強するためにカナダに留学したんですが、そこで直面したのが、向こうでは日本人も韓国人も中国人も、アジア人という一緒の括りだったということです。要するに欧米人からすると、アジアは一括りなんですね。ただ、僕も含めて現地の日本人は、「いや、自分は中国人とは違う」、「韓国人とは違う」と、直接口には出しませんでしたが、どこかでそう思っていました。そのときに改めて感じたのが、いかに無知って怖いかということだったんです。
 その後、僕は韓国人コミュニティの中に入って、そこから韓国という国を知っていくわけですが、日本に対する考え方とか、韓国の人たちが持っている感情は、自分の想像とはまったくかけ離れていました。反日的な人はほとんどおらず、それがショックであると同時に、20代にそういう現実を知る経験ができて、本当に良かったと思いました。僕の場合は、その経験を通じて直感的に「これはヤバい」と思ったんです。もしかすると運命なのかもしれないと思い、それでカナダ留学を途中でやめて、韓国に行きたいという衝動が生まれたんです。
 それで韓国へ渡ったんですけれども、ちょうどその90年代後半というのは、韓国が政治的にも経済的にも文化的にも、大きな動きのあった時代でした。例えば、政治でいうと金 大中(キムデジュン)政権が誕生した頃ですね。経済的にはIMF(国際通貨基金)の管理下に韓国が置かれたということがあった時代。文化的には、日本の大衆文化が段階的に解放された時期でした。
 本当に偶然なんですが、僕がたまたま行った時期が、日韓関係において一番良い時期だったんです。だから、いろんなことに恵まれていて、いろんな経験をさせてもらって、韓国がそのときに感じていた痛みだったり、それからちょうど国家が破産に追い込まれてから這い上がるまでの過程なんかを、自分も一緒になって辿ることができました。そういうことが、やっぱり今の仕事に直接的ではないですけれども、間接的にすごく影響を与えていると思うんです。この経験がなかったら、僕はもしかすると今の仕事をしていなかったかもしれません。

政治・歴史・文化

古家 よく「韓国に行ったときに嫌な思いをしませんでしたか」、「歴史的な問題とか政治的な問題で嫌なことはなかったですか」と聞かれるのですが、僕はそんなに嫌な思いは実はしていないんです。逆に気づかされたのは、日本人って政治とか歴史の問題が出てくるとあえて避けようとしますよね。何か腫れ物に触るわけではないけれども、あまりしゃべりたがらない。変なことを言ってしまい、相手を傷つけたくないとか。
日野 確かに、炎上リスクがありますよね。


古家 僕も最初はそうだったんですけど、韓国の人たちは別にそのことに対して何かを言おうとしているのではなくて、「日本人はどう思っているのか?」、「あなたは個人的にどう思っているのか?」を聞きたいだけなんです。それが、自分が思っていることと違う意見であろうと同じ意見であろうと関係ないわけです。ただ、それについて語りたいだけなんですね。
 僕は日本人が、というか日本が先進国として誇れない一番の問題点として、”向き合おうとしない”というところにあると思っています。韓国では、若者の間でも政治の話や歴史の話が、いわゆる飲み会のネタになるんですね。一般の人たちも積極的に議論するわけです。僕はそれを見て、「ああ、なんて豊かな国なんだろう」と思うわけです。そういう議論を自由に交わすことができて、そのせいで、ときには取っ組み合いの喧嘩が起きたりもしますが(苦笑)。そんな経験を経て、自分の歴史観が正しいかどうかはさておき、自分は「こう思っている」ということは、ちゃんと声に出して言っていかなければならないと思ったんです。そうやって自分の価値観を持ちながらも、いろんな価値観を受け入れることが、やっぱり国際的なコミュニケーションを取る上で重要なんだと。
 例えば、アジア人って外見も似ているし、文化・習慣も似ているから、ときどき相手もこちらのことがわかっていて当然だと錯覚してしまうんですね。もし欧米人が相手だったら、そうはならないと思いますが、なぜかアジアの人たちに対しては、そういう思い込みのせいで、揉め事も多いんです。エンターテインメントの世界も同様で、「郷に入れば郷に従え」では済まない問題も出てきます。「日本ではこうだからこうしてください」ではなく、「そちらの国ではこういう価値観だと思いますが、ここは日本だからこうやったほうがより上手くいきますよ」という伝え方でなければ解決しないんです。こういうコミュニケーション術は、どんなにAIが発達しても人でなければ解決できないでしょうね。なので、留学生活を通して学ぶことは、本当に大きいと思います。

国と個人のアイデンティティ

日野 大学の授業で学生と接したりしていると、今の日本の若い人たちはK-POPが好きで実際に聴いたり触れたりしていますが、一方で歴史的な部分は「それはまた別の話」と切り離してるような気がしますね。「ちょっと難しいからよくわからない」という感じで。でもやっぱりカルチャーと歴史って切り離せない部分がすごくあると思います。
 韓国は直接選挙法だったり、IMF危機で男性中心的な社会構造が崩れて女性の社会進出が高まるような社会変化があったり、大きなものでは兵役があったりして、そういう環境の中で生活しているとおそらく政治的な物事と直面する機会が多いですよね。日本の場合はわりと見ないでもするっと生活できるみたいなところが多くて、国や政治に対する感度やアンテナみたいなものが全然違うなと感じています。それはスターの人たちの振る舞いを見てもやっぱりそうで、最近であればBTSが国連に出たり、RedVelvet(レッドベルベット)のアイリーンがフェミニズム小説をSNSにアップしたり、NCTのテンの曲がソウル・クィア・パレードに使用されたり、シンガーソングライターでいえば、イ・ランは社会への問題意識を歌にしたり、政治的・社会的な問題に対してアンテナを張って、積極的に発信や連携をしていくところがあります。それが日本に輸入される形で、今の若い人たちが政治に関心を持ったり、社会のことをもっと考えたりするようなポジティブな側面もひょっとしたらあるのかなと思うんですが?

古家 もちろんポジティブな部分もありますが、一歩間違えると大変なことになる可能性もあると思います。つい数年前までは、韓国でも日本でもアイドルや芸能人は、政治や歴史のことを話さないほうがいいという気がずっとあったと感じています。それが少しずつ変わってきたのは、SNSの発達もその背景にあるでしょう。ただ、それが炎上することも少なくありません。その一方で、国民から支持を得ることもあります。例えば、以前韓国の人気グループSUPER JUNIOR(スーパージュニア)のメンバーが反日的な発言をして、それに対して日本の一部のファンがボイコットしたり不満の声を上げたことがありました。韓国の場合は、日本に侵略された被害者だという歴史がある中で、ある程度日本に対しては何か言っても許される空気があるわけです。むしろ、そういうことを言ったことによって、韓国の国民から支持を得られたりするんですね。
 ほかにも人気ガールズグループTWICE(トゥワイス)のメンバーで台湾出身のツウィさんが、韓国のテレビ番組で、本人は何も悪いことは言っていないんだけれども、出演者の出身国の国旗を並べるシーンで、台湾の国旗をテレビ局側が用意したんですね。それに対して中国のファンが猛反発して、彼女は動画で「私は一つの中国を支持します」と謝罪させられるという出来事がありました。中国を大きな市場の一つとしているK-POP界が、中国に屈せざるを得なかった例ですが、そこにはやっぱり、国と国との力学が大きく関係していますし、そういう事件があってから周囲もより敏感になったわけです。
 だから、僕はあえて政治のことについては、もうスター自らが何かを発信する必要はないと思うんですよ。ツウィさんが置かれた立場や彼女がどう感じたかを想像すると、すごく胸が苦しいんですね。なぜなら彼女は台湾に生まれ育って、その台湾という環境の中でいろんなことを学び、しかも台湾の人としてデビューしているわけじゃないですか。それが中国と台湾の政争に巻き込まれた状況になったわけですから。

 同じようにKARA(カラ)が、かつて日韓関係が悪化した際、韓国の記者からのセンシティヴな質問に対して、決して日本のことをネガティヴに言わなかったんです。それが日本側から大絶賛されたんですね。このことは彼女たちが日本のマーケットをすごく大事に思っていることに加えて、政治とは関係なくエンターテインメントによって国を繫いでいくという意思の現れだったわけです。僕はそのとき、「KARAは立派だな」と思いましたし、「事務所の判断はすごい」と思ったんですよ。当然、韓国国内からのバッシングがあるわけですから。
 そこで今一番問題になってくるのが、これだけたくさんの日本人が韓国に渡って各グループの中で日本人メンバーとして活躍しているじゃないですか。それはとても素晴らしいことですし、韓国も多様性を受け入れて、国籍に関係なくタレント性の高い人をどんどん取り入れていくという流れになっているわけです。そのこと自体はとても良いことなんですが、もしまた日韓関係が悪化した際、意地悪な質問をする記者が日本人メンバーに対して、「今の日韓関係についてあなたはどう思っていますか」と質問するタイミングがあると思うんですよ。今までもそのようなことは実際にありましたし。そのときに、果たして日本人メンバーは何と言うだろうかと考えたときに、僕はただ韓国のことを良く言うことしかできないと思うんです。でも、本当にそれでいいのかなというふうに思っていて。韓国のグループの中で活動はしているけれども、その子は韓国人ではないし、あくまでナショナリティは日本で、アイデンティティも日本人じゃないですか。いろんなしがらみの中で言えないこともあるだろうけれども、少なくとも「自分」は持ってほしいんですよね。
 そのためには学びが必要で、中途半端な学びではそれが持てないんです。僕の場合はたまたまカナダに行って、それから韓国に行って、そういうことを直接学ぶ機会に恵まれたからよかったけれども、今の若い子たちはもう小学生や中学生の段階で韓国の学校に留学して、それで練習生になっているんです。おそらく感覚としては半分韓国人みたいな感じだと思うんですよ。僕としてはもっと幅広い視野を持ってほしいし、日本人としてのアイデンティティをしっかり持つための最低限の学びというのは必要だと思うんです。こうしたことは、これから国際社会で生き残っていくためには必要不可欠な要素であって、むしろ今、韓国に向かう日本人の子たちには、そうした意識はしっかり持ってほしいなと思うんです。
日野 韓国に留学している人と話をしても、「いや、歴史のことは全然わからないし、そんなに気にしたことがない」、「それでも普通に韓国の友達はいるし・・・」みたいに言われることがあります。でも、古家さんがおっしゃるように、歴史的なバックボーンをしっかり学んで、それに対して自分の意見をちゃんと持つようになると体験の質が全然違ってきますよね。それから今のお話を伺って、古家さんはやっぱり日本人のルーツみたいなところをすごく大事にされているんだなと感じました。韓国に対しての思いと同時に、日本人である自分をとても大切にされているんですね。

音楽の後ろにあるもの

日野 そうしたルーツを知る入り口としては、例えば音楽に触れることって大事な気がします。僕が韓国の音楽を聴いてすごくグッと来たのが、キム・ヒョン・シクやハン・ヨンエのような80年代や90年代の韓国歌謡です。言葉は全然わからないですけれども、何かヴォーカルに深く訴えかけてくるものというか、心を揺さぶる独特の哀愁がありますよね。そこには日本による統治、支配や南北分断など故郷を巡る歴史的なトラウマが土壌にあるような気がします。そういう意味では、日本の若い人たちがK-POPに触れることにはいろんな可能性があるのかなと思いますね。
古家 日野先生がおっしゃる独特の哀愁については、やっぱり韓国って長きにわたる軍事政権の影響や、それ以前から歴史的に支配され続けてきた国の歩みが大きな影響を与えていると思うんです。そういう状況下では、まずエンターテインメントやメディアの規制があるわけです。反体制的なメッセージが間接的にでも伝わるようなものは全部規制されたわけですよね。そういう悲しい歴史が、韓国の場合は日本の統治時代以前からずっとあるわけです。中国との関係も複雑ですし。そういう歴史を背負ってきた人たちの哀しみや哀愁が、たぶんにじみ出ているんだと思うんですよ。
 だから僕は、韓国のバラードとか、80・90年代の歌謡といわれている曲が、すごく好きなんですね。今の楽曲は、洗練されていて確かにいい曲なんだけれども、残念ながら韓国の音楽が持っている独特な哀しみは感じられないんですね。2000年代の前半ぐらいまでは、そういう音楽とアイドルの音楽が共存していたんですよ。今のようにヒットチャートをアイドルが独占することもなかったわけです。今の韓国の音楽業界はビジネスとしては拡大し、成功しているのかもしれないけれども、「韓国の音楽的なアイデンティティって何?」と聞かれたときに、今は「これです」と言えるような人や楽曲を探すのは難しいですね。そこはちょっと寂しいなぁと思いますけどね。

ファンの側の大きな変化

日野 実は、今回の号の特集テーマが「推し活」なんですが、古家さんから見た今のファンの人たちの印象はどんな感じですか?
古家 その「推し活」という言葉自体が出てきたのはわりと最近ですよね。昔から似たような活動を続きた人はいると思うんですけど、韓国にも「オドク(오덕후)」という言葉があって、これは日本語の「オタク」から派生しているんですね。なので日韓両国でそのような活動をしている人がいるわけです。ただ韓国の場合、このような言葉が出てきたのは、ここ10年ぐらいかな。それには理由があって、こういう活動をするには、お金と時間がなければできないんですよね。
日野 (笑)確かにそうですね。
古家 韓国は経済的にすごく豊かになって、今だと初任給なら日本より韓国のほうが上になっているほどです。しかも、韓国と日本に共通しているのが晩婚化で、特に女性が金銭的にも自由に活動できる人が増えている。かつては推し活のようなアイドルを追いかける活動は、女子中高生がするものであって、大学生になると同時に卒業するのが当たり前のような空気があって、大人になった男女が、アイドルを追いかけている姿を皮肉るドラマも制作されたほど、韓国ではあり得なかった現象なんですね。
 それが2010年以降、ちょうど韓国のアイドルが第二から第三世代に以降する時期。第二世代というのがBIGBANGやKARA、少女時代といったスターを指し、第三世代がBTSやTWICEといったグローバルスターの台頭を指します。この第二と第三の間に、ちょうどSNSやYouTube が広まったんですね。その頃から、推し活のスタイルが、すごくパーソナルなものになったと思うんですね。
 これは、自分一人で何でも完結できるような時代になったということを指します。それまではマスメディア主導の社会があって、マスコミを介して入ってくる情報をもとに、推し活していたわけですが、SNSを通して、日本だけでなく韓国からもダイレクトに情報を手に入れたり、交換できる時代になり、直接会えなくてもYouTubeで、いくらでもスターの映像やMV(ミュージックビデオ)などを観られるようになりました。そういう時代の変化があって、自分が好きになった人やモノに対して、集中的にエネルギーや時間を注ぐことができるようになったと思うんです。
日野 その「自分で完結できる」ところは納得です。推し活をしている人に話を聞くと、推し活とは「自己中」でいられることだと言っていました。自分とアイドルの世界線が交わらないし、ファン同士で一緒にコンサートに行ったりコンサートのためにホテルの同じ部屋に泊まったりもするけれど、それはリアルな友達ではない。ファンという繫がりだけで、たとえ相性が合わずに関係が切れても実生活に何の影響もないから楽だと言います。逆に友達だと気を使って同じ宿には泊まれないと。推し活は世界線の違う、自分の生活圏外の他者としか関わらない「自己中」でいられる活動だと。確かに今の時代、「自己中」でいられる場所ってとても少ないですよね。
古家 メディアを取り巻く環境が変わってきたのと同時に、今の人たちは、人間関係の取り方みたいなものまで、かなり変わってきていますよね。そういう社会の変化と人間関係の変化自体が、「推し活」みたいなものを加速度的に進めているのかなと思います。
 僕が学生の頃は、一日24時間ではなくて12時間ぐらいしかなかったですよ。なぜなら、お店は早く閉まるし、インターネットもないですし。でも今の人たちは起きていようと思ったら、それを受け入れる施設はいつまでも開いていますし、Netflixでドラマを一話から最終話まで観ようと思ったら一晩で観られますよね。だから、推し活ができるというのは、一日中、一つのことに没頭できるような時間的余裕があるからこそなんですね。推せるときに徹底的に推せるという、そこが昔のファンと今のファンの違いだと思います。

「心」について声を上げる

古家 ただ、「推し活」に長い時間を注げるということは、それだけ推せるコンテンツがあるからで、その分、主人公であるスターたちは本当に大変だと思いますよ。だって、オフの様子まで撮影したり、もうほぼプライベートがないような毎日を過ごさなければならないじゃないですか。だから、そういう彼・彼女らの日常の犠牲があってこそ、我々が「推し活」ができるという点においては、ちょっと胸が苦しくなるところではありますよね。
日野 確かにスターの方たちが厳格なマネージメントとセルフコントロールのもと、多種多様なコンテンツをバーッと発信して、さらに体形や見た目を維持したり、戦略によって変化させたりしているわけですよね。もしかしたらファンや受け手のほうも、ものすごく高いマネージメント力って素晴らしいモノなんだ!みたいなメッセージを受け取っていて、こちらの生活もさらに管理されていくというか、実際に次の新曲のティーザーが出るのは何日の何時で・・・と常にチェックしているとか、そういうふうに両者ともがだんだん苦しくなっていっている感じがします。


古家 実際に現場でいろんな動きを見ていると、アイドル側のケアについてはもっとしっかり考えないといけないと思いますね。毎日練習に追われて、食べて寝て、また練習してて・・・の繰り返しですし。それでも、まだ売れている人はいいんですよ。おそらく100組のアイドルがいるとしたら、常時メディアに出ているのなんて2組ぐらいで、残りの80組は何をしているかわからない。アイドルも完全にエリート教育で、練習生になって徹底的に教え込まれて、それで運良くデビューできた子はいいです。でも、デビューできても、その上位20組に入れるか入れないかで人生が変わってしまう。そこにすら入れなかった「永遠の練習生」の子たちは、振り返ったら何も残っていないし、学校にもそれほど行けていない。そして、その子たちを救う社会システムがあるわけでもない。韓国のタレント育成は世界でも抜きん出ていて、とても優れていると思いますけど、社会がこうした問題をどのように解決すべきかというヴィジョンが、まだ見えていない感じがします。この先、日本でも似たような問題が出てくるのではないか、もしかしたらすでに出始めているように思います。
日野 おそらく日本の場合はまだ、もう少し緩い形で社会の中に包み込まれていくことができると思うんですよね。韓国の場合はやはり財閥が強く、貿易依存型の産業構造的に、競争社会、学歴社会という側面がすごく強いから、教育課程から離れてしまうデメリットが大きいですよね。勝てなかったとき、負けたときのルートが厳しい。アイドルも同様、セカンドキャリアや勝てなかったときのケアがなさすぎる気もしますね。
古家 やっぱり光と影は必ずあって、本当に輝かしい部分は素晴らしいし、やっぱり日本にないものを持っているし、「魅せる音楽」という新しい価値を戧造した点で韓国はすごいと思います。ただ、このビジネスモデルがいつまでも続くという保障はないわけです。考えなければいけないのは、若者の人生を預かる立場の人たちが、どうやってその若い子たちの将来を考えていくのかということで、それがこれからの大きな課題ではないかなと思います。
日野 特にK-POPのアイドルたちはすごく完成度が高いというか、日本のアイドルだと少し未熟なところが支持されてファンのみんなで育てるみたいな側面があったりします。ジャニオタも 時代に支えてポピュラーグループになると推し変するし、日本のアイドルというと幼さや無垢さや拙さが売りになる側面がありますが、韓国の場合は人格的にもパフォーマンス的にも高水準で完成されている感じがします。そうなると要求される水準も高くなって、何か自分の弱い部分を外に出したり失敗することが、日本よりもさらに難しい感じがしますね。個人的には日本のアイドル像もちょっと色々と考えさせられますが・・・。
古家 これは日野先生のほうがよくご存じだと思うのですが、心のケアを受けることへの抵抗が韓国や日本だけでなくアジアの国ならどこにでもあると思うんですよ。悩みがあれば、まずは家族や友人や知り合いに相談をするという文化ですし、残念ながら他人にお金を払って相談することに慣れていませんし。韓国ってOECD加盟国の中で一番自殺率が高いんですが、そのことがもう如実にカウンセリングが一般的でないことを表していると思うんですね。つまり、心が病んでいる人達を社会が支えてあげられていないわけです。

 僕は、そういう文化って簡単には変えられないと思うんです。でも、やっぱりBTSのような影響力を持ったインフルエンサーが「こういうことは良くないからこうしていこうよ」と声を上げることによって、一つの文化というか流れは生み出せると思うんです。ただ、彼らのような人たちが発信することによって、「お前が言うのか」みたいな声も同時に上がるわけで、そのあたりのバランスはすごく難しいんですが。それでも僕は、少なくとも彼ら自身の「心の叫び」を言葉にしたということに意味があると思っています。すぐには状況が改善しないとしても、例えば、心の問題やメンタルヘルスケアについて、少しでも多くの声が上がることを願っています。
日野 最後は我々の仕事に繫がるお話が出ましたが、古家さんはまさに聞き上手な方で、自分がカウンセラーであるのにお恥ずかしいです(苦笑)。今日は気持ち良くお話しをさせていただき、本当にありがとうございました。
古家 いえいえ、こちらこそありがとうございます。

古家正亨(ふるや・まさゆき)
北海道出身。北海道医療大学看護福祉学部医療福祉学科臨床心理専攻卒。上智大学大学院文学研究科新聞学専攻博士前期課程修了。98年韓国留学。帰国後K-POPの魅力を伝える活動をマスメディアを中心に展開。2009年には日本におけるK-POPの普及に貢献したとして、韓国政府より文化体育観光部長官褒章を受章。日本で開催される韓流・K-POPイベントのMCとしても知られるほか、NHK R1 「古家正亨のPOP A 」(毎週土曜14:05~)、ニッポン放送「古家正亨K TRACKS 」( 毎週火曜日17:00~) など数多くのラジオ、テレビ番組を担当。著書に『K-POPバックステージパス』(イースト・プレス)、『ALL ABOUT K-POP 』(ソフトバンククリエイティブ)、『Disc Collection K-POP 』(シンコーミュージック)、『韓国ミュージック・ビデオ読本』(キネマ旬報社)など。

日野 映(ひの・はゆる)
臨床心理士、公認心理師。東北福祉大学総合福祉学研究科福祉心理学専攻卒。仙台市スクールカウンセラー、宮城学院女子大学非常勤講師、仙台白百合女子学院大学非常勤講師、社会福祉法人幸生会顧問心理士。その他、公認心理師受験資格スキマ問題に取り組む有志団体SUKIMA GENERATIONS代表、Eiji-Hino Art Works。心理臨床とクィア・スタディーズ、カルチュラルスタディーズを中心に在野研究を行う。

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