臨床現場に出てみて、研究を始めて、かっこよくまとまってはいないけど、まだまだ粗削りだけど、私の考えを、体験を、アイデアを発信したい——そんな若手心理士の声を届けるコーナー。今回は、家庭裁判所調査官の富尾知世さん(岡山家庭裁判所倉敷支部)の声を聞いてみましょう。
心理臨床の世界に入ったきっかけ
5歳ぐらいの頃、自分の手の平を眺めて、この手は誰が動かしているのだろうと考えたことがありました。頭の中で考えている自分と、手を動かしている自分は違う気がしたのです。この一種の解離のような体験が、心に興味を持つ原体験になっていると思います。
高校生になって、サヴァン症候群でありアスペルガー症候群でもあるダニエル・タメット著『ぼくには数字が風景に見える』を読み、自分が見ている世界は、他の人には違うように見えているかもしれないと思うようになりました。大学では自己認知に関する研究をしていましたが、臨床現場で人に関わる仕事がしたいと思うようになり、臨床心理士養成の大学院に進学しました。
臨床の現場の中で
卒業後は、非行少年や離婚の狭間にいる子どもなどに関わる仕事である、家庭裁判所調査官になりました。仕事で出会う人たちは、まさに人生の岐路に立つ少年や当事者です。私は、その人の人生を変えることはできない、でも、その人が人生を変化させるための踏み台になれれば、と思いながら仕事を続けています。これは、自分の力不足でうまくいかなかったと落ち込んだ時に、先輩から、自分の影響力を大きく見積もりすぎていると声を掛けられ、ハッとしてからでした。
仕事以外の時間に、ふと過去に担当した少年や当事者を思い出すことがあります。あの子は今どうしているだろうと思いを馳せることもあれば、もう少しこうしておけば良かったと考えることもあります。人の心に関わる仕事と私生活を切り離すことは難しいと感じていますが、人に向き合い、自分自身が揺さぶられる体験は、この仕事の醍醐味でもあると思っています。
私が学会に所属する理由
仕事を始めて、なかなか自分の領域以外の心理士と出会ったり、意見を交わしたりする機会がないことに気づきました。学会は、他領域の心理士の実情を知れることが面白く、そこから自分の臨床へのヒントを得られること、そして研究活動の仲間に出会えることが魅力だと感じています。最近の私は、少しでも自分の記憶に刻みこむために、学会発表の場では勇気を振り絞って質問や感想を言うようにしています。以前、若手の会の企画で質問したところ、それをきっかけに、書籍の一部を執筆する機会を得ることができました。また、今、学会で出会った人たちと新しい研究に向けて動き始めています。すべての活動の原動力は、他の世界を見てみたいという好奇心ですが、それが自分の臨床の何らかの糧になったらよいなと思っています。