本書はわが国では特別評判になったわけではありません。むしろ目にされたことがない方が多いでしょう。私も本書に最初に偶然接した時、「欧米で量産されているナントカ療法の一つだろう」くらいに思っていました。しかし読み始めてみてそれが大変な誤解であることが分かりました。著者たちの目指しているのは、私がかねてから考えていた「ジェネリックな(汎用性のある)心理療
法」について真正面からその在り方を問うことだったのです。
本書は2013年に英国で発表されていますが、その前身となる同著者(ミック・クーパー)による2008年の『カウンセリング効果の研究』(岩崎学術出版社、2012年)の内容を踏まえています。つまりカウンセリングや心理療法で何が効果があるのかについての地道で実証的な研究をもとに、どのような心理療法が最も理想的かについて、学派や学説を超えて考察された本なのです。
本書が最も強調するのは、クライエントにとってのセラピーの目標が人それぞれ異なっているという極めて単純な事実です。そしてセラピストは真に協働的な形で治療の「目標」を定め、そのための「課題」「方法」に従ってクライエントと共に作業を進めていきます。理論やテクニックはそれに従い、そして個別のクライエントに適した形で選択されていくのです。そしてそれを選択する上で参考になるのが、あくまでも実証的な研究によるデータなのです。
本書の価値は、特定の学派の技法を用いつつも、その効用と限界について常に考え続けている治療者によってもっともよく見出されるでしょう。だから本書を「初心者」に推薦することについて躊躇がないわけではありません。しかし本書は特定の学派の教えにまだ染まっていない療法家に、より素直に受け入れられるとも思います。本書の扱う内容はいい意味で、とても常識的です。しか
しそこで著者たちが行う提言の多くは、必ずしもそうは受け入れられないでしょう。たとえば「クライエントはいっそうの努力をすることを惜しまないセラピストを特に評価する」(五三頁)という記載を読んだ時、精神分析的な背景のある療法家は、そこに一種の浅薄さや、心の深層を扱わない物足りなさを感じ取る可能性があるでしょう。
繰り返しますが本書は特定の学派に関するものではありません。むしろいかに学派主義やドグマの争いを回避し、真にクライエントのためのセラピーを行うかを模索する書なのです。