静岡県は防災県

 私が住む静岡県が東海地区なのかと問われると、少々心許ないというのが正直な気持ちです。愛知県と岐阜県は自信を持って「東海地区です」と言えるのでしょうが、静岡県は時々この括りから外れてしまうことがあります。また、県内においても伊豆圏域だとテレビ東京をリアルタイムで視聴できるので、関東の一部という意識が強いように思います。ともあれ、NHKの天気予報の地域区分では"東海北陸"の仲間に入っているので、東海地区の東端ということでご容赦いただきたいと思います。
 静岡県と言えば日本一の標高を誇る富士山が有名ですが、もうひとつ、水深が二五〇〇メートルに達する日本一深い湾、駿河湾に面しているという特徴もあります。駿河湾には駿河トラフがあり、そこではユーラシア大陸の岩盤の下にフィリピン海の岩盤が潜り込んでいて、いずれここから巨大地震が発生すると言われています。そのため、一九七八(昭和五三)年に「大規模地震特別措置法」が制定されて、東海地震に備えて事前対策を強化する地域として静岡県など八都県が指定されました。以来、静岡県では県を上げて地震防災に取り組んでいます。
 昭和五三年と言えば、成田空港が開設された年です。その頃から四〇年以上の長きにわたって、防災に取り組んでいる県民の防災意識の高さには目を見張るものがあります。私は県外出身者なので、静岡県に住み始めた当初、小学生が学校で使っている座布団に驚きました。"防災頭巾"なんです。また、昔から公共施設はどこも耐震固定をしてあり、本棚やロッカーが無骨な金属の固定具で壁にねじ止めされていました。

静岡県のCRT事業

 このような県民性を持つ静岡県なので、心理支援においても緊急支援への関心が高いように思います。例えば、平成一八(二〇〇六)年に全国で三番目に開始されたCrisisResponse Team(CRT)派遣事業もその一例です。この事業は、学校で重大な事件が発生した時に精神保健福祉センターを中心とした専門家チームが、その日のうちに学校に出向いて緊急支援を行うものです。CRTは精神科医、臨床心理士、保健師等で構成されており、学校全体の心のケアを目的としたアウトリーチ型の支援を行います。「心のケア」という言葉は、今では普通に使われていますが、社会的に知られるようになったのは阪神淡路大震災(一九九五年)がきっかけでした。その後、付属池田小事件(二〇〇一年)や小六女児同級生殺害事件(二〇〇四年)など学校を舞台とした衝撃的な事件が発生し、学校においても心のケアが必要だという認識が社会に広がりました。この新しい健康課題に対応すべく、山口県、長崎県、和歌山県そして静岡県等の精神保健福祉センターが先進的にCRT事業に着手しました。
 CRTの支援の大きな特徴は、「場のケア」つまりコミュニティ全体を支援することです。場のケアはコミュニティが本来持っているホメオスタシスの回復を図り、そこに所属する成員の健康被害の拡大を防止することを目的としています。心のケアなので臨床心理士が活躍を期待されるのは当然のことなのですが、実は場のケアは、臨床心理士が得意としている心理検査や心理カウンセリングとちょっと勝手が違います。心理検査や心理カウンセリングは予約に基づいて面接室の中で行うのが一般的ですが、緊急支援で現場に出向く場合は予め整えられた支援の仕組みがありませんから、それを作るところから現場の人と一緒に始める必要があります。
 この作業は調整業務(コーディネイト)と呼ばれるもので、相手のニーズをくみ取る一方で、こちらの要求も明確に伝えるやり取りになります。通常の業務で行う"相談"とはだいぶ違ったやり取りで、"交渉"に近いと言えるかもしれません。また、書類を扱う事務や情報を管理する業務もあるので、ある程度事務的な仕事をこなすことも求められます。場のケアを始めるにあたっては、心理職としての専門性以前に、社会人としての基本が求められると私は感じています。

緊急時の心理支援

 支援が始まってからも、通常の支援といささか勝手が違います。緊急支援は一時的な応援ですし、コミュニティ全体を対象にしますから、継続的な相談を個人に対して行う通常の支援とは異なったやり方になります。まず、一時的な応援ということで、話の聞き方を少し変える必要があります。通常のカウンセリングのように自分が腰を据えて支援する役割を担うのではなくて、これから継続的に支援する人につなげる役割をとります。ですから、「私に何でも話してください」という姿勢で相談者の体験やその意味を掘り下げて聞くのではなくて、「次の先生にしっかりサポートしてもらいましょう」と今後の支援に期待を持ってもらうことを意識して面接をします。おのずから話し合う話題も変わります。もちろん辛い気持ちや苦しい思いをお聞きしますが、今困っている事や生活の状況に関する事実情報も確認しますし、トラウマ反応に関する心理教育を積極的に行います。
 次に、支援対象が個人でないことに関してですが、集団への心理教育やグループカウンセリングを積極的に活用する点も緊急支援の特徴と言えます。こられの技法を使うにあたって臨床心理士は、受容と共感の態度を基礎に置きながらも、発信力と先導性を発揮することが求められます。一般的なカウンセリングは相談者の訴えを受け止めることに重きを置きますが、コミュニティへの支援では能動的に"打って出る"ことがとても重要になります。これはダメージを受けながらも助けを求めて来ない人達に支援を届けようとする、"動機づけのない対象"への支援に取り組む上での必然なのかもしれません。
 さて、ここまで静岡県民の防災意識の高さや臨床心理士の緊急支援を紹介してきました。穏やかな気候に恵まれて、のんびりしていると言われることの多い静岡県ですが、実は"打って出る"臨床心理士たちが災害に備えて研鑽しているという特徴も持っています。元気な臨床心理士が頑張っている地区として憶えていただけると、有難いと思っています。

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