大阪大学の位置
「大阪」と聞くと何をイメージされますか。通天閣、たこ焼き、漫才でしょうか。大阪で私が赴任前に訪ねたことのあったのは、万博記念公園とUSJでした。大阪大学の三つのキャンパスの内、臨床心理士養成コースを持つ人間科学研究科は、一九七〇年開催の大阪万博の会場跡地に造られた吹田キャンパスに位置します。このあたりは、大阪の中心地、梅田から約一時間電車とバスを乗り継ぎ、間近には万博記念公園の太陽の塔を、やや離れて大阪北部の山地を望む丘陵地です。こうした立地を反映して、研究科附属の心理教育相談室には、いわゆる北摂地域を中心としつつ、広範な地域から来談者をお迎えしています。
臨床心理士養成の多様性と自主性
専任教員が依拠する理論やアプローチは、ユング心理学などの深層心理学、認知行動療法、グリーフ・ケア、ナラティヴ・アプローチです。助教一名を含む五名の専任教員からなる、こぢんまりとした体制ですが、トラウマ・ケアや医療心理学などを専門とする複数の学内兼任教員から協力を得ています。近隣には、より多数の臨床心理学の教員を配置した大規模大学も少なくありませんが、本学の教員は少数名ながら、上質な臨床実践とその教育、心理臨床のサイエンスの側面とアートの側面の融合を自負しています。その甲斐あってか、大学院では、学部からの内部進学のみならず、他大学からも多くの入学希望者を迎えており、希望理由に指導体制の多様性が挙げられているのを見て、喜んでいます。 こうした教員の多様性を反映して、教員と大学院生の全員が参加するケース・カンファレンスでは、さまざまな意見が活発に交わされます。我先に大学院生が発言する教室風土には、教員である私が気圧されるほどです。また、専任教員によるグループ・スーパーヴィジョンは、大学院生が、指導教員に限らない専任教員の中からスーパーヴァイザーを選び、少人数で実施されています。そのほか、個人スーパーヴィジョンは、学外の臨床家によって実施され、その費用の一部は、大学から補助されます。
心理教育相談室の運営では、教員の指導の下、大学院生が自主性を発揮しています。実務家の養成を主眼とする博士前期課程の実習の中心は、個別カウンセリングの事例担当にありますが、研究者・指導者を養成する後期課程ともなると、それに加えて、相談室という組織を運営することも、実習の大事な要素になります。こうした自主性は、インテーク・カンファレンスの運営にも表れています。そこでは、事例の受け入れ可否が大学院生を中心に話し合われ、教員と共に最終決定されます。
公認心理師と臨床心理士の養成
大阪大学では、公認心理師の受験資格取得を、副専攻的なプログラムとして、臨床心理学分野のみならず、他の心理学分野、さらには大阪大学全学に開放しています。だからといって、公認心理師養成の質を落とすわけにはいきません。また、学内外の実習施設のキャパシティにも限界があります。そのため、学部、大学院共、プログラム参加者に定員を設け、履修成績や出願書類、面接によって、厳正な参加者選抜を行っています。
大学院の臨床心理士養成コースで公認心理師受験資格も取得できる体制は、学内外の充実した実習機会に支えられています。二資格の学外実習施設は、医療、福祉等の主要五領域にわたって三〇か所を越えます。
ただし、この体制の維持は、学生にとっても教員にとっても、容易ではありません。そのため、両者にとって実習が過重にならないように注意しながらも、決して臨床の重みを軽んじることのない体制を目指し、残すべきところと変えるべきところを、学生と教員が協働して日々模索しています。新参の教員である私は、着任する以前から学生控室でメダカが大切に飼われ、新入生一人ひとりが毎年イネをバケツで育てるようになったいきさつを知りませんが、二資格養成に表される変革期にあって、優れた臨床家を育てる根本を大切にしたいと思っています。
最右列は研究分野の例。臨床心理士養成は臨床心理学分野に限定する一方、公認心理師養成プログラムは大学全体に開放し、研究分野から独立した室が運営している。