定年退職の現在
私は、三〇数年間、少年鑑別所や刑務所などの矯正施設で心理職として勤務した後、三年前に定年退職し、現在は、大学の教員として教鞭をとっています。私が就職した頃は、定年退職と言えば、現役を引退して隠居するというイメージがありましたが、今や少子高齢化を背景に、定年退職後も仕事を続けるライフスタイルが定番になっています。
特に、令和三年四月には改正高年齢者雇用安定法が施行され、高齢者がますます労働力として期待されるようになり、まさにプロダクティブ・エイジングを求められる時代を迎えています。このように定年退職後の生き方が様変わりするにつれ、以前のように定年退職に伴って社会との繫がりが薄れ、寄る辺なさにとらわれるということは少なくなっているかもしれません。
私の定年退職
とはいえ、定年退職後に現役を引退するにしても再雇用や再就職をするにしても、新しい環境に身を置くわけですから、慣れ親しんだ人たちとの繫がりを失う喪失感、新しい繫がりができるまでの孤独や寂しさを感じることはあると思います。
実際、私も矯正施設という「塀の中の世界」から「象牙の塔」と称される大学に身を転じてカルチャー・ショックを受け、新たな職場で疎外感や孤立感を味わいました。しかも、そこにコロナ禍が追い打ちをかけ、何回かは旧知の人たちとオンライン飲み会を開きましたが、それまでなら直接杯を交わして愚痴を言い、憂さを晴らしていたのにそれができず、ストレスが溜まったことは確かです。
しかし、今から振り返ると、私の場合は、救いだったことが二つあります。一つは、大学の授業で「老年心理学」を担当したことです。この授業の準備を通じて、加齢に伴う身体面・認知面・精神面の定型的な変化を知り、自分の現在地を客観視することができました。もう一つは、学生相談や臨床心理相談室の相談活動に携わる中で、人との繫がりをうまく持てず、生きづらさを感じている人たちの不安や孤独に触れたことです。それにより、孤独なのは自分だけじゃないとか、自分の孤独など取るに足らないちっぽけなものだと相対化して見ることができ、定年退職後の沈んだ気分が少し軽くなり、新たな繫がり作りに前向きになれたような気がします。
これから定年退職を迎える方へ
個人的な体験をつらつらと書きましたので、これから定年退職を迎える方の参考にはあまりならないと思いますが、定年退職後の生活にとって健康が第一であることは言うまでもありません。その上で、忍び寄る老いと向き合い、まだできるという自信と、もうここまでという諦めのバランスをとりながら、自分の現状を受け入れることができれば、新たな繫がり作りに向けた一歩を踏み出すことができるのではないかと思います。