悩める〝小さな主人公〟への道のり

 一歳児さんの場合、知らない人や場所への不安でいっぱいであったはずであっても、机の上に置かれた検査用具の積み木が目に入ると、ぱっと表情が明るくなり、すぐさま目の前のアイテムに手を伸ばし、そのまま楽しそうに検査がスタートするということがあります。けれども二歳頃に近づくと、目の前のものに心を奪われそうになりながらも、「イヤ! ママといっしょがいい 」と”自分”の主張を貫く力をその胸に宿すようになっていきます。またそんな我が道を行く二歳児さんですが、先生が作った積み木のお山と自分のお山を見比べ、それをお手本にして同じものを作っては「できた! いっしょ!」と目を輝かせたり、より高い山を作っては「すごいでしょ!」と誇らしげな顔を見せたりもしてくれます。次第に積み木がタテ・ヨコの二つの方向へ発展するようになったり、言葉を交えて”○○ちゃんの”ものと”先生の”ものと区別をしたり、どちらの方が大きいかを比べたりと、二つの世界を同時に捉える姿を見せ始めます。そうしてたくさんのことができるようになって誇りを抱くようになる三歳児さんですが、大きくなりたい自分と同時に、なれるかな……という不安な自分にも同時に触れられるようになり、二つの世界の間で揺らぐ姿を見せるようになっていきます。
 このように、一人の子どもの”発達”には様々な機能や能力の成長が絡み合い、そしてそれらに伴って子どもの胸には新たな願いや悩みが宿るようになります。そしてまたその願いや悩みを原動力として、子どもたちは周囲の仲間たちや大人たち、自然やモノと関わり合い、自分自身のこころの世界をより豊かなものへと育てていきます。

発達検査はこころを映しているか

 様々な困難さを抱える子どもの援助の中で、発達検査や知能検査を実施することが近年非常に増えています。けれども検査結果の報告書を見ると、発達指数や発達年齢といった数字や予測される障害とその困難さの説明ばかりが目立ち、「~ができる・できない」という”行動”の話に留まる場合が少なくありません。これは一見子どもの理解が深まったように見えても、実際には”その子”のこころの理解を遠ざけてしまう危険な落とし穴です。
 本書では子どもの発達のプロセスを、新版K式発達検査という発達検査に対する子どもの取り組み方や、保育や教育場面での子どもたちの様子を交えて紹介してくれており、発達検査がいったい一人の子どものどのようなこころの機能の発達を測定しているのか、そしてそのこころの機能に発達が生じる時に、その子のこころの世界にはどのような変化が生じるのかを私たちに教えてくれます。それは失われがちな臨床心理学と発達心理学の繫がりを繫ぎ直す糸口であり、また、心理臨床の中で心理士が大切にしようとしている”子どもの願いや悩み”を発見することそのものなのではないでしょうか。
 子どものこころの発達や回復にはどのようなメカニズムがあるのでしょうか。”○○君”の表情や日常が浮かんでくるような心理検査の報告書を書くにはどのようにしたらよいのでしょうか。そんな子どもの臨床現場の悩みをこの本で紐解いてみてください。

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