はじめに

 コロナ禍の時代に生きる日本では、感染予防を目的としたマスク着用、手指洗いに加えてうがいは、日常の風景になりつつあります。世界を一律に新型コロナウイルス感染に巻き込んだ状況下で、様々な国家や文化によって対応行動が異なるのはなぜでしょうか。これには、自己観が関係している思われます。出口康夫(二〇二〇)らは、自己観に「私中心の自己観」と「われわれとしての自己観」があることを指摘しています。そこで、ここでは完璧主義に影響を与えると思われる自己観について考察します。

二つの完璧主義

 ところで、エリス(一九八八)は、完璧主義を任務の完璧主義と自己の完璧主義の二種類に分けています。前者は、目標の遂行に向けた絶え間ない努力をしている行動となります。例えば、家族や職場に迷惑を掛けないよう周囲に配慮した感染予防への行動変容です。このように任務の完璧主義は、健康な心身の維持に効果があります。一方、後者は自らの欲求に執着するために自分さえ良ければそれで結構という固定観念から生じた行動です。例えば、後先の結末を考慮せず大勢の仲間と飲食し、周囲に迷惑を掛ける硬直化した行動です。後者が問題になる理由は、自己の完璧主義への認知しだいで健康または不健康な行動のいずれかに分かれるからです。

自己の完璧主義への対処法

 ドライデン(二〇一八)によれば図の「ビックI―リトルiダイヤグラム」は、自己観を視覚的・直感的に理解する教材です。図を活用する目的は、自己への思いやりを育てることです。対処法は、まずこの図を理解することです。図のビックIは、「われわれとしての自己観」を表しています。言い換えれば増加もなく、また目減りもない実存的自己です。一方、ビックIの中のリトルiは、「私中心の自己観」を示しています。良し悪しを判断する評価的自己です。図の活用は、事例で解説します。ある親は、自分の子どもが不登校だと話します。しかも親の認知は、「子育てに失敗した親は、人間としても駄目である」です。この親は、ビックIの実存的自己を見失っています。さらに、多くのリトルiの内でたった一つの「子育てに失敗した親は即、駄目人間だ!」という評価的自己でリトルiを増幅させます。その時、ビックIに視点を転換します。すると、評価をしようがない実存的自己に気づきます。さらに人間はどんな人でも、強みの点と弱みの点を合わせ持つ存在への自己洞察が深まります。こうして、一つの評価を大幅に増幅している認知の歪みを整え直します。この課題に取り組む心理教育は、自己への思いやりの育成になります。

まとめ

 実践例を紹介します。ひきこもり歴三五年の当事者体験をもとにした著書が、話題になりました。ぼそっと池井多著『世界のひきこもり』(寿郎社)です。世界各国のひきこもりの当事者が実際は豊潤な世界を構築している実態を学べます。自己の完璧主義を検討し、健康な人生を送る当事者達の姿が描かれています。

文献

渡邊淳司・村田藍子・高山千尋・中谷桃子・出口康夫(二〇二〇)「『われわれとしての自己』を評価する ―Self-as-We 尺度 の開発」『京都大学文学部哲学科研究室紀要:PROSPECTUS, Vol. 20』
Ellis, A. (1988) How to Stubbormly Refuse to Make Yourself Miserable about Anything-Yes, Anything. Carol Publishing Group, Inc, USA. 國分康孝・石隈利紀・國分久子訳(一九九六)『どんなことがあっても自分をみじめにしないためには』川島書店
Dryden, W. (2018) Flexibility-Based Cognitive Behaviour Therapy. Routledge

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