心理療法の光と影―援助専門家の《力》 A・グッゲンビュール゠クレイグ〔著〕  創元社、二〇一九年

 もしも一生に一度、たった一冊だけユング心理学の本を読むとしたら、その一冊として、私は迷うことなくこの本を推薦したいと思います。いや、「迷うことなく」というのは噓です。他にも素晴らしい本はたくさんありますから。ただし、どれだけ時間をかけて迷ってみても、たぶん私はその一冊としてこの本を選ぶことでしょう。
 著者のアドルフ・グッゲンビュール= クレイグはユング派の分析家。ですが﹁ユング派」以外の人が読んでも、あるいは専門家ではない一般の方が読まれても、本書に書かれているのはとても切実な何かだとお感じになるはずです。本書のテーマは﹁人を助けるということ」そのものなのですから。
 医師や看護師、牧師や教師、そしてソーシャルワーカーやカウンセラー。いずれも「人を助ける」ことを使命とする職業です。したがって、当然ながら仕事の場面で私たちの前に姿を現すのはいつだって困っている人、悩みを抱えている人ということになります。そうした人たちの助けとなるために、私たちは日々仕事をしています。
 ところが、助けになろうとすればするほど、そこには危険がある。そう、著者は言うのです。カウンセラーを例にとって考えてみましょう。そのカウンセラーが「よいカウンセラー」であればあるほど、まずいことになってしまう場合があります。たとえば、カウンセラーのアドバイスが毎回的確すぎると、そのクライアントはカウンセラーの意見を聞いてからでないと何も決めることができなくなってしまうかもしれません。あるいは、カウンセラーがこれだけ自分のことを深く理解してくれるんだから、他の人なんて必要ないと思ってしまうかもしれません。あるいは、カウンセリングそのものがとても意味のあるものだと感じることによって、それ以外の普通の生活を疎かにしてしまうということだってありえます。
 困っている人の助けになるために、私たちには力が必要です。専門知識や経験といった力だけではありません。共感や思いやりといった、人間としての力も大切です。けれども、もしもそうした力こそが危険を生み出しているのだとしたら。何とも悩ましい話ですね。さらに残念なことに、私たち自身が一人の人間として生きている以上、この危険から逃れるすべはないようです。いろいろな理由を探して自分だったら大丈夫だと考えたくなるのが人情というものですが、きっとそれこそがもっとも危険なのでしょう。
 ただし、本書は「人を助けるということ」の危うさを教えてくれるだけの本ではありません。どうすればその危険に対処することができるかも、ちゃんと書かれています。著者によるとそのためにもっとも大切なのは、私たちが自分自身の人生をしっかりと生きているということ、特に友達や家族との時間を大切にするということです。当たり前の、誰にでも言えるメッセージのように聞こえるかもしれません。でももし機会があれば、ぜひ一度、本書を最後まで読んでみてください。ちょっと恐くなるくらいの実感をもって、そのことの大切さが伝わってくるはずです。本物の書物って、そういう力があるんです。

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