心理臨床の先達の卒業論文はどんなテ
ーマで書かれたのか? そのテーマはそ
の後の臨床にどうつながっているのか?
今回は精神分析理論に基づく心理的援
助を、育児支援や母子関係の臨床で実践
し、後輩育成に尽力してこられた深津千
賀子先生にお話を伺いました。
ひとりっ子コンプレックス
深津先生が横浜国立大学学芸学部で執筆された卒業論文は、一九六三年に『出生順位と性格』として教育心理学研究十一巻四号に掲載されています。学生の興味関心を尊重してくださる依田明先生のご指導のもと、先生は一人っ子であるご自身への関心と兄弟姉妹のいるご友人を見ていて長子には長子らしい性格、次子には次子らしい性格があるのではという思いからテーマを決められました。幼い頃、兄妹がいる友達を見ていると羨ましくなって、「『きょうだいが欲しい』と母におねだりしたら『残念!!無理かもね』」と断られたエピソードも笑顔を交えお話しいただきました。
論文によると先生は小学四年生から中学二年生までの一四五組の子どもと母親を対象にした調査研究を実施されました。その結果、①出生順位により長子的性格、次子的性格とも言える性格特性があるこ
と、②兄弟姉妹の年齢差が二~四歳の場合に長子はより長子らしく、次子はより次子らしい性格特性があること、③日常生活で次子が長子を「お兄ちゃん」「お姉ちゃん」などと普通名詞で呼ぶ場合より、それぞれの名前やあだ名、略称など、固有名詞で呼び合う場合の方が性格の差が優位に小さかったことの3点が明らかとなっています。先生が特に関心を持たれ、親子関係が子どもの性格特性に影響を与えていると考えたのは、③の家庭での親子、きょうだいの呼び合い方が性格特徴を際立たせているか、でした。「家族内での呼称の仕方には親の価値観や教育方針が現れており、それによって出生順位による性格特性がより明確に現われ易いのではないか」という先生の仮説がある程度は支持されました。指導教官の依田先生から「教育心理学研究に投稿したら?」とお話があり、依田先生の協力を得てまとめたものが初めての学術誌への掲載となり、苦労が実って「とても嬉しかったのを覚えています」と、依田先生亡き今、とても懐かしんでおられました。調査対象は卒業した小学校の先生の紹介で神奈川県下の小中学校に協力を得たこと、当時は統計ソフトなどはなく、統計処理は計算尺を用いたことなど研究の課程でご苦労も伺えました。「現代は離婚、再婚、ひとり親の家庭なども増え、一九六〇年代とは家族の形態や価値観が変化していますし、統計処理も単純で稚拙な論文ですが、この論文が電子化され未だにウェブ上で公開されているということ自体、現代の皆さんにも関心があるテーマなのかも知れません」とも。関心のある方は論文そのものをぜひ読んでいただければと思います。
卒論執筆当時と今の子どもの環境変化
大学卒業後の先生は小此木啓吾先生、馬場禮子先生のもと慶應義塾大学医学部精神神経科に滝口俊子先生と同期入局。精神科医と共に精神分析についての講義や研究会で精神力動的立場からの心理検査や精神療法理解が学べたそうです。先生はこのような学びをもとに精神分析理論に基づく心理検査や母子関係の心理臨床を長きに亘り実践されていますが、当時と今では子どもを取り巻く環境は大きく変わっていると感じておられました。
いくつかの事例をもとに教えていただいたのは、「子どもが親を気遣って大変な思いをしている事例」が多いことです。ヤングケアラーが注目される一方、金銭的、物質的な子育て支援だけではなく、心理的に困難を抱える子どもたち、またその親への支援に継続的に取り組める仕組みがこれまで以上に必要とされている現状を伺い、多くの心理臨床家とそれを志す皆さんに共有したいと強く感じるとともに、私が臨床現場でできることを考えさせられました。深津先生の優しい眼差しに触れながら貴重なお時間をいただきました。
深津千賀子(ふかつ・ちかこ)
一九六三年、横浜国立大学学芸学部卒業。慶應
義塾大学医学部精神神経科助手。その後、中京
大学教授、大妻女子大学教授、医療福祉大学大
学院特任教授。現在、大妻女子大学名誉教授。
千駄ヶ谷心理センターにて私設心理相談、後輩
育成。二〇一五年度日本心理臨床学会学会賞受賞。