心理臨床家養成の概要
名古屋大学における心理臨床家養成の中核を担っている心の発達支援研究実践センター心理発達相談室(以下、心理発達相談室と表記します)は、1955年に開設された「ガイダンス・クリニック」に端を発します。さらに、1985年に当時の文部省から「心理教育相談室」の名称で認可を受け、その後、改組を経て現在の名称となりました。このように、心理発達相談室は、我が国では非常に長い歴史を有する大学附属の相談機関かつ教育研修機関の一つであるといえます。現在では、名古屋大学教育学部・大学院教育発達科学研究科は公認心理師に対応したカリキュラムを提供しており、教育発達科学研究科心理発達科学専攻精神発達臨床科学講座は日本臨床心理士資格認定協会の大学院指定制度一種に指定されています。教育発達科学研究科および心の発達支援研究実践センターには、2023年4月1日現在、公認心理師資格、臨床心理士資格をもつ専任教員が8名在籍しています。他に、それらの資格もしくは医師免許をもつ6名の教員が、教育発達科学研究科の大学院科目を担当するなど心理臨床家養成に携わっています。このように本学では、心理臨床に関して、伝統を生かしながらきめの細かい教育を行っています。
心理臨床家養成の実際
名古屋大学において心理臨床家を目指す大学院生の学びの中心には、講義、演習、学外実習に加え、心理発達相談室での学内実習があります。名古屋大学での心理臨床家の養成についてご紹介するために、大学院入学から二年間の大まかな流れを説明いたします。
名古屋大学大学院に入学した博士前期課程(修士課程に相当します)一年生は、春学期の間は主講義や演習を通じて、心理臨床実践に関する知識や技術を習得します。そのなかで、個人面接、プレイセラピー、保護者面接、電話受付などに関して、大学院生同士でロールプレイを実施します。
夏ごろから、心理発達相談室での活動を本格的に開始します。申込のあったケースをインテーク面接も含めて担当し、内部教員によるスーパーヴィジョンを受けながらクライエントとの面接を進めていくことになります。実際にケースを担当すると、クライエントの理解や面接の方針など、分からないことに数多く直面します。そうした悩みについて、スーパーヴィジョン担当教員や並行面接を担当する先輩に相談するだけでなく、ケース会議の授業にて担当ケースの経過を発表し、教員、大学院の先輩あるいは同級生と時間をかけて検討します。ケース担当に伴う悩み事はすぐに解決しないものも多いですが、本学には、スーパーヴィジョン、ケース会議、大学院生同士の議論など新しい視点を得る機会が数多くあり、ケースへの自分自身の考えや気持ちを見つめ直すことができます。
博士前期課程一年の秋学期になると学外実習が始まります。本学では、博士前期課程一年の秋学期と博士前期課程二年の春学期に学外実習が提供されています。博士前期課程の大学院生は、保健医療領域の実習に必ず参加することに加えて、教育領域、福祉領域、産業領域、司法領域のうちの二つを選択し、実習を行います。このように、幅広い領域の実習に参加し、多様な現場を体感できることが、名古屋大学の学外実習の特徴といえます。
博士前期課程を修了するためには修士論文の執筆が不可欠となります。心理臨床家養成の観点から見ても、臨床心理学の研究を行うことは、自身の専門性を高めたり、臨床心理学の知見の集積に貢献したりする上で、非常に大切です。名古屋大学では、博士後期課程への進学も見据えつつ、質の高い修士論文を執筆することを目指して指導が行われています。
心理発達相談室の特徴
心理発達相談室には、毎年度、40名程度の大学院生が在籍しており、そのうちの10名ほどが博士後期課程の大学院生です。心理発達相談室における活動の管理や運営は教員が担いますが、運営の一部には大学院生が参画しています。特に博士後期課程の大学院生が主体となって、教員とともに心理発達相談室をよりよくするためにはどうすればよいのかについて議論しており、日々の本相談室の活動はそうした議論を基礎に成り立っています。大学院生による心理発達相談室運営への主体的な参加は本相談室の大きな特徴であり、教員として誇らしく思っているところでもあります。その一例として、プレイルームの改修を取り上げたいと思います。心理発達相談室では、相談室環境の整備の一環として、2021年に第一プレイルームを改修いたしました。その際、教員と有志の大学院生が一緒になり、これまでのプレイルームの良さを生かしながら課題を克服するための改修案を何度も練り直しました。その結果、身体を思いきりつかった遊びができ、子どものニーズに合わせて遊びをアレンジできるようなプレイルームが出来上がりました。
最後に
名古屋大学の心理発達相談室は、故村上英治先生の教えを礎としています。村上先生は、1986年の本相談室紀要の戧刊に際して、その巻頭言において「伴侶者としての私」のタイトルで心理臨床家のあるべき姿勢を論じておられます。名古屋大学では、村上先生の教えを引き継ぎ、現代の荒波にさらされながらも懸命に生きるクライエントの伴侶者となれる心理臨床家をこれからも養成していきたいと考えています。