認知行動療法(CognitiveBehavioral erapy:CBT)とは、行動科学と認知科学を臨床の諸問題へ応用して、日常の習慣的な困りごとの改善を目指す心理療法を指します。
 CBTでは問題の解決のために、クライエントにどのような体験が必要であるか認知・行動・感情・身体感覚等の視点から分析します。そして、認知や行動の変容を狙って、体験をことばにしてもらったり、記録をしてもらったりすることもあるでしょう。これだけ聞くと、CBTはとてもバーバルな面が強い心理療法と思うでしょう。実際、その面は否めません。「ことば」も「言語行動」という行動の一つで、その機能は多岐にわたります。「ことば」は、人を豊かにする一方、しんどさを生み出すこともあります。CBTでは、この「ことば」の機能をうまく扱えるかどうかがカギになります。
 しかし、ことばが扱えない場面でもCBTが適用されることはあります。また、CBTではトークセラピーとは一線を画したマインドフルネスなどの身体感覚に重きをおいた技法も取り込んで実践が行われています。これらのことから、決して「ことば」のみのやりとりをしているわけではないこともわかります。CBTでは、人の考え方やイメージ・注意・記憶といったいわゆる認知を扱いますが、こちらもすべてがことばにできるものではないでしょう。感情や身体感覚はいわずもがなです。例えば、感情を数値化して、相対化するプロセスを踏むことがあります。これはノンバーバルとは言わないまでも、だいぶ「ことば」から遠いところにある気がします。しかし、セラピーで感情を扱うときには、とても有効なプロセスです。つまり、セラピーで生じることばのやりとりはもちろん重要ですが、それ以外で、より有効なツールがあるなら、もちろん扱うということです。

ノンバーバルな表現や反応を観察する利点

 さて、クライエントの内的な体験を扱うときには特に、クライエントのノンバーバルへの注目が必要です。例えば、「ものを触ると体の中にばい菌がはいってきて、悪いことが起こる」というイメージで不安が喚起されるクライエントがいらっしゃったとします。どんなばい菌なんだろうか。どんなプロセスで体に入ってくるイメージなんだろうか。どんな悪いことが起こるイメージなんだろうか。クライエントの認知をより知ることが効果的なセラピーにつながるならば、知らなければいけません。でも、必ずしもクライエントがそれらのイメージをことばにできるとは限りません。イメージについてことばで表現するのが難しければ、絵で描いてもらってもよいですし、オノマトペ(擬音語)で表現してもらってもよいかもしれません。不安なときの緊張状態や表情をからだで表現してもらうのもありでしょう。不安なときのことをイメージしていると、その場で実際に不安が喚起され、表情のこわばりや身体の緊張などが観察されるかもしれません。こういったノンバーバルな要素も含んだ反応の観察を通して、クライエントの「ホットな認知」に近づき、介入のターゲットを同定することができるかもしれません。

体験的な理解をノンバーバルに観察する

 セラピーのなかで、クライエントは様々なことへの理解を経験します。私は、CBT中に生じる「腑に落ちる理解」に着目しています。クライエントはノンバーバルにも様々な形で腑に落ちる理解を示すことがわかっています。例えば、腑に落ちた瞬間に声が大きくなったり、話し方が速くなったり、視線が変化したりなどです。人によっては、余韻に浸ったり、表情が変わったりすることもあるようです。このような視点があると、言語的な情報と組み合わせて、腑に落ちているかどうか観察できるようになります。必ずしも腑に落ちる理解が得られないとセラピーが進まないというわけではないと思いますが、「ここの理解はとても重要だな」とセラピストが考えたタイミングで、クライエントが十分に腑に落ちていないと気づけたら、次の一手を考えることができます。それに気づくためには、クライエントの「ことば」のみならず、ことばとして表出されないノンバーバルな反応に注目することが必要でしょう。
 最近では、セラピストとクライエントの関係性を示す「治療同盟」がCBTのプロセスに影響を与えることがわかってきています。この治療同盟を評価するにあたってもクライエントのノンバーバルな反応に注目しなければなりません。「観る」ことも「聴く」ことも含めて、クライエントを「知る」ことが大事ということです。

心理療法のプロセスを知るためのノンバーバルデータ

 現在、様々なところでテレビ会議システムを用いた遠隔での心理療法の提供が行われています。私の所属する研究チームは、遠隔でのCBT中の言語・非言語データを用いて、心理療法のプロセスを解明する研究を行っています。視線解析用のアイトラッカー、生理指標解析用のウェアラブルデバイス、音声感情推定ソフトなどを設置し、遠隔CBT中のセラピストとクライエントの音声や表情、視線、ジェスチャー、心拍といった様々な種類の情報を測定し、機械学習を用いて解明することを試みています。セラピー中に生じる「温かみ」「つながり」といったセラピーで生じる感覚的なものも、科学的な観察の対象となりつつあります。

セラピーをよりよいものにするために

 CBTでは、セラピーの効果をできるだけ観察可能な形で測定します。例えば、落ちこみの程度を点数化して測定したり、ターゲットとなる行動の頻度や持続時間の測定をしたりします。こうすることの意味の一つに「CBTを通して変化があったな」と、はっきりわかるようするということがあります。哲学者のカール・ポパーは、科学が科学足りうる条件の一つに反証可能性、つまり反証されうる方法を持たない理論は科学的ではないと主張していましたが、考え方としてはそれに近いでしょう。CBTがCBT足りうる条件として、本当にセラピーの効果があったと客観的にいえるのか、場合によっては「効果が出ていない」と振り返ってセラピーを修正することができるようにしているか、ということがあると、私は思います。ノンバーバルな変化も観察可能な一つの指標です。ノンバーバルな面に着目してクライエントの変化を観察することは、クライエントがセラピーを通じて得ている体験を、解像度高く、かつリアルタイムで知ることにつながります。
 ここまで、クライエント側から発信されるノンバーバルな動きに焦点を当てましたが、もちろん、セラピストからノンバーバルにクライエントに伝わるものもあるでしょう。大事なのは、どのように影響を及ぼしあっているのか、丁寧に機能分析を行い、セラピーをよりよいものにしていくことかと思います。
 CBTにおけるノンバーバルについて考えると、バーバルもノンバーバルもクライエントのことをよく知って介入の妥当性を高める視点の一つといえます。今後はノンバーバルな視点から、セラピスト―クライエントに何が起こっているのか、科学的に明らかになっていくでしょう。

広報誌アーカイブ