2020年の始めに世界でコロナウイルスによるパンデミックが始まってからというもの、機会があるごとに海外に行っていた生活は一変し、国内での移動もままならない日々が続きました。2022年に入ってから少しずつパンデミックが終息に向かい始め、世界では待っていたかのように対面での交流が始まりました。日本でも水際対策が緩和され、ようやく世界との行き来ができるようになり、それ以来、私も8カ国を訪れ、この原稿を書いている現在はニュージランドに来ています。この1年間で海外渡航に際して必要な検査や書類は変わり続け、ともすると入国や帰国ができないのではという不安も減り、海外との往来はコロナ禍前のような状況に戻りつつあります。

 パンデミック後初めての海外は、南米訪問から始まりました。2019年のコロナ禍直前から始まったGlobal Psychology Alliance(GPA)というアメリカ心理学会が主導している各国心理学会の代表者の集まりは、世界の心理学がつながって社会問題に対応することを目指しています。そのGPAサミットが2022年5月にコロンビア・ボゴタで開催されたため参加し、心理学がどのように持続可能な開発目標(SDGs)に貢献できるかについて議論をしてきました。その後、International Union of Psychological Science(IUPsyS) の理事会とEuropean Congress of Psychology(ECP)に出席するために初夏のスロベニア・リュブリャナを訪れ、夏にはアメリカ心理学会大会に参加するためにアメリカ・ミネソタに行きました。さらに秋に入り、キューバ健康心理学会が主催した国際会議に参加するためキューバ・ハバナへ、2023年春には学部間の教員交流で協定校を訪れるため韓国・ソウルへも行きました。その間、家族や友人を訪ねてフランス、シンガポール、タイにも行っています。

 さて、世界という現場で心理学を見ていると、実に多くの様々なことが起きていると感じます。その中でも近年特に増えてきているのが、心理学の脱植民地化の動きと心理学の世界の発展への貢献です。人の心や行動に関する学問である心理学は欧米圏を中心に始まり、それらの理論や研究が展開された土地の文脈はあまり重要視されずに発展してきた経緯があります。その後、人の心や行動に及ぼす文化の影響を捉えるための研究が行われるようになり、現在では、人の心の知見にはどの文化にも共通すると考えられているものもあれば、文化に依存すると考えられているものもあります。2010年にHenrichらによって出版された論文では、多くの心理学研究がWestern, Educated, Industrialized, Rich,Democratic(西洋の、高学歴で、近代化され、経済的に発展し、民主主義である)諸国で行われており、それらの研究対象者が必ずしも人類の代表ではないことを論じ、その時からそれらの国の心理学は5つの頭文字をとってWEIRD(=変わっている)と呼ばれたりしています。この頃から、欧米で発展してきた心理学が同様の文脈を持たない国に輸出されそのまま使われていることを、以前の欧米による植民地化の歴史に例え、心理学の植民地化・植民地主義と呼び、それらから脱却するための脱植民地化の動きや土着心理学への視点の転換が高まってきています。私が今参加しているオーストラリア心理学会とニュージーランド心理学会が共催しているシンポジウムでも、アボリジニやマオリの文化的文脈と世界観から捉えた臨床や教育に関する発表や心理学カリキュラムの脱植民地化の話が多くあります。

 また、近年、国際連合で世界が協力して持続可能に発展していくための持続可能な開発目標(SDGs)が定められてからは、心理学がどのようにそれらに貢献できるかについての議論が活発化しています。当初、SDGsは企業や理系の学問から注目を浴びましたが、心理学の領域で議論されることはあまりありませんでした。しかしながら、目標を達成するにあたっての人の感情や行動の重要性を考えると、心理学が貢献できることの多さは一目瞭然です。例えば、先述したGPAでは、2022年にグラスゴーで開催された気候変動枠組条約締約国会議(COP26)に初めて心理学者を派遣し、気候変動の議論の場における心理学の存在感を示しました。気候変動を食い止めるには人の行動変容が大きく関わっていますし、また、最近では気候変動がメンタルヘルスに及ぼす影響を検討する研究成果も出始めています。さらに、上述した2022年のGPAサミットでは、各国心理学会から代表者が集結して、どのようにSDG3, 10, 13に貢献できるかを議論し、私たちは、世界を越えた視点と各国の社会文化的背景を捉えた視点を持ち合わせることに注力しました。世界で発出される心理学関連の論文を見ていると、特に臨床をはじめとする応用心理学の分野で、人々の心の健康や暮らしの安定を促進し、これらの持続可能性に貢献するための検討がなされています。

 私たちは、長い人類の歴史の中の“今”を生きており、そして、その歴史の中で起こった出来事や、それらの文脈の中で育まれる大きな意味での文化を継承しながら生きています。科学技術は一分一秒を争うように発展し、世界中のほぼ全ての土地はネットで繫がり、国を超えた移動が当たり前になり、ましてや星を越えた移動までできるようになりつつあり、グローバル化というたった6文字の言葉では表せない変化が私たちを取り巻いています。それでも私たちは争い続けながらも協力し続け、変化し続けながらも守り続けています。そう考えると、時や場所を超える心や価値観もあれば、時や場所に大きく影響される行動や世界観が多くあると考えるのが自然だと思うのです。

 私たちが育つ環境にはあまりにも“当たり前”が溢れていて、その当たり前から一度脱出して、全く異なる世界観に触れて心揺さぶられてみないと、なかなか自分の当たり前に気づけない世界が今ここにあります。日本の心理学も、日本という国の歴史や社会的背景や価値観の中で発展してきており、それは、その文脈で育ってきた私たちが作って来ているということを認識しないといけない時代に突入して来ていることを、世界を見れば見るほどに強く思います。人は文脈を越えるのでしょうか? 日本という文脈で生活しながら、世界という動きを肌で感じるごとに、自分の当たり前と無自覚に自分が持つ心理学の当たり前を大局から見直す重要性を感じます。そして、世界中にある、それぞれの人や、土地や、時代が持つ素晴らしい力が、その素敵な形を失わずに融合されてこそ、相乗効果以上を発揮できる力の形となり、世界に貢献できる世界の心理学となって発展していくのであろうと信じています。

Henrich, J., Heine, S. J., & Norenzayan, A. (2010). The weirdest people in the world? Behavioral and Brain Sciences, 33, 61-135.

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