デジタルネイティブ世代の若い人は、スマートフォンを通話機能としては使わない、「電話恐怖症(電話に出ることやかけることを恐れたり苦手意識を持っていること)」の人が増えていると言われています。
 一方で、自殺のニュースが報道されるたびに、「よりそいホットライン」「いのちの電話」「チャイルドライン」などの電話番号が必ず紹介されます。また、コロナ禍で対面相談ができなくなった時期には、電話相談が大いに活用されました。
 現在、精神保健福祉相談、子育て支援相談、教育相談、妊娠・妊産婦相談、産業メンタルヘルス支援相談、人権(子どもを含む)相談など、多様な領域と職種により「電話相談」が行われています。なお、電話相談では相談者を「かけ手」と称することが少なくありませんが、本稿では「クライエント」と表記しています。

電話相談小史

 電話相談の始まりは、みなさんがよくご存知の「いのちの電話」です。1953年に英国国教会牧師チャド・バラーにより、孤独のなかで絶望し、自殺すら考えている人たちのために、「 よき隣人(新約聖書)」として話し相手になる「befriending」という考えのもとで始まりました。日本ではドイツ人宣教師ルツ・ヘットカンプ女史を中心として準備され、1971年に「東京いのちの電話(社会福祉法人いのちの電話)」を開設しています。現在では、すべての都道府県に「いのちの電話」が設置されており、日本いのちの電話連盟も結成されています。
 いのちの電話の相談員は、市井の人々、非専門家であることが大きな特徴です。とはいえ、1年~1年半の養成研修を受け認定されます。365日、24時間(すべての地域が24時間ではない)、月2~3回程度、決められた時間帯を担当し、継続的な研修も受けています。東日本大震災の折には、被災された相談員が担当のために事務所にいらしたというエピソードもあり、私も感銘を受けました。研修には専門家として臨床心理士がお手伝いさせていただいています。
 1970年代には、「エンゼル110番」「ダイヤルフレンド(西来武治による仏教カウンセリング)」なども開設され、さらに1980年代以降は公的機関に電話相談が次々と設置されるようになりました。
 当初は、電話で相談やカウンセリングはできないだろう、との批判的な意見もありましたが、今日では臨床心理士も積極的に電話相談に関わっています。

電話相談の特徴

 電話相談の特徴は、いつでも(即時性)、どこからでも(広域性)、簡単な操作で(親和性)、対面相談のように交通費や移動時間も省け(経済性)、未知のカウンセラーに会う心理的負担もなく、相談可能な点です。
 だからこそ、今死のうとしている方への自殺予防、叱咤して泣いている子どもを傍に親御さんが相談できる子育て支援、安全を守ることが最優先の被災者支援などに活用されているのでしょう。特にコロナ禍、さまざまな非対面相談を体験したカウンセラーは、クライエントにとって、予約の手間や交通手段を使ってアウェーな「相談場所」に来ることがどんなに負担であったかを理解することができたように思います。
 電話相談はクライエントの体格、服装、表情、顔色、身振り、雰囲気などの視覚情報を得られませんから、声のトーンや大きさ、調子、言葉遣いや息遣い、間、声の文脈などから、クライエントとその状況を想像することになります。実際会ってみたら、全然想像と違ったということは多くあると思います。
 カウンセラーも、ただ無言でうなづいたり表情を変えてもクライエントには伝わりませんから、しっかり声にすることが必要になります。

電話相談の困難と課題

 あらゆる電話相談機関において特徴的な困難電話があります。いたずら(特にセックステレホンと言われる類)、怒るクライエント(事務局にクレームが入ることもある)、作話(あり得ない内容や微妙に相談内容を変えて辻褄が合わない)、多数回通話者(毎日、一日に何回も架電される方)です。多くの電話相談は匿名かつ一回性を標榜しているため、こうした困難が生じると考えられます。
 性的な内容は相談しづらいからこそ電話する、とも言えますが、一回の電話相談のみにて性的な問題に対して治療効果を持すのは事実上不可能です。「怒り」など強い感情的反応も視覚的情報がない分、心理的距離が近くなりやすい、カウンセラー・クライエント双方に相手のイメージが膨らみやすいという電話相談の特徴ゆえと考えられますが、カウンセラー等の心理的ダメージが強いのも事実です。電話相談はクライエント主導で「架電」も「切電」もクライエントに委ねられますから、作話らしき内容に対してアセスメントのために質問をすれば容易に「切電」されます。多数回通話者は、対面相談では「継続」相談という構造がありますが、電話相談は「担当制」ではない、また手軽さゆえに嗜癖的に電話を利用するクライエントも少なくないことが要因として考えられます。
 一回の電話相談であっても、孤独や不安な気持ちを支え安堵感をもたらす、気持ちや課題を整理する、有用な情報や社会資源を提供することは可能です。しかし、継続的な直接支援を行うことはできませんから、自ずと限界があります。私見ではありますが、現在の電話相談の良さは残しながらも、今後は匿名性と一回性にとらわれ過ぎずに、構造的な継続電話相談や対面相談への実質的な連携(すでに行っているところも少なくありません)について積極的に検討・実践していくことが、電話相談の課題ではないかと考えています。

「今君電話」

 2021年からNHKのEテレで「今君電話」という番組が不定期に放映されていることをご存知でしょうか。お笑い芸人のカンニング竹山さん(以下、竹山さん)が、SNSで電話番号を公開して「どんなことでも話したいことがある人は電話かけて」と呼びかけ、電話でのやりとり場面(一部です)とその内容に関連する豆知識によって構成される30分番組です。私は放送開始前の準備段階で、竹山さんに電話相談についての講義を10回分担当し、番組開始後は監修としての役割を担っています。竹山さんが、ご自身のライブで電話番号を公開して舞台上で話す、ということをされており、それを見たNHKのディレクターが番組にしないか?と声をかけたそうです。SNS時代に電話?電話相談で番組?と意外でしたし、電話を受けるのは有名なタレントさんですから、私たち臨床心理士の電話相談とはもちろん異なります。が、かけて来られる方の話は本当にさまざまで、専門家には届かないかもしれない本音も垣間見られます。竹山さんは真摯に聞いてくださっており、そのやりとりには双方のリアルな感情が確実に存在します。電話というツールだからこその声の持つ力の大きさを改めて感じさせられるのです。電話相談は消えゆかず、確実に相談ツールとして利用され続けると思えてなりません。

広報誌アーカイブ