模擬事例です。サトルさん(仮)は19歳のゲイ男性です。専門職を目指して短大に通っていたところ、ある教員から強く怒られることが続きました。抑うつ状態となり、通学が辛くなってカウンセリングに訪れました。ことのいきさつを聞く限り、その教員の彼に対する言動は、かなり理不尽なものに(カウンセラーには)感じられました。 一方、サトルさんは自分だけを責め、落ち込んでいました。また、短大の友人から自分がどう思われているのか、強い不安があることも話されました。
 カウンセリングでは、自分がゲイであることを隠さず今後の交友関係を築いていきたいという気持ちについて、また、実際にカミングアウトを試みた相手との関係について語っていくプロセスが展開しました。 そんなある日、再び当該教員との接点が訪れた彼は、 来談当初の出来事を回想し「あれは、先生がひどかった!」と、初めて腹立ちを言葉にしました。これを境に、彼の顔色が明るくなりました。その後、彼は自分の好きなことを活き活きと語るようになり、元気になって相談室を去っていきました。

内在化されたホモフォビア

 サトルさんを苦しめていたものは何だったのでしょうか。個人には様々な背景があるものですが、私がここでお伝えしたいのは「内在化されたホモフォビア」の影響です。ホモフォビアとは、同性愛者に対する嫌悪感、敵意など否定的な感情のことで、当事者の周囲(非当事者)にだけ存在するものと思われがちですが、実は(多かれ少なかれ)当事者の中にも時間をかけて刷り込まれていきます。それが「内在化されたホモフォビア」です。内在化されたホモフォビアが強い場合、ゲイ男性の自尊心の低下や、対人関係上の不安、孤立感につながっていきます。そうした状況が長く続くと、精神的健康を崩してしまうことも考えられます。
 サトルさんは、 来談当初は自分自身を責める気持ちが強く、対人関係で不安を感じやすい状態にありました。こうした背景の一つに、内在化されたホモフォビアがあったのではないかと思います。しかし、ゲイであることを含め自分のことについて、安心して表現できる体験を重ねたことで、自分の「内側」に向かうネガティブな感情が和らぎ、より自分らしい対人関係を求めて「外側」に働きかける動きにつながったのかもしれません。そして、はっきりと怒りを言語化して表出できたことは、内在化されたホモフォビアの影響からの回復を意味していたとも考えられます。

内在化されたホモフォビアへの取り組み

 もし、あなたがゲイで、自己否定感や自責感が強くて辛くなったときには、できるだけ安心できる仲間やコミュニティ、カウンセラーにつながることで、内在化されたホモフォビアを和らげられる可能性があると思います。地方では、最寄りのコミュニティが見つけられないこともあるかもしれませんが、最近ではリモート相談を行っている窓口も増えています。アプリの発達で、当事者同士が気軽に出会えるようになってきてはいますが、ほかの当事者との交流経験が少ないうちは、ゲイあるいはLGBTQ+へのサポート提供を明示している団体のコミュニティとつながる方が安全だと思います。
 最後に、当事者、非当事者という分け方もあまり好きではないのですが、これは非当事者の大きな課題です。「ホモフォビア」が社会にはびこっているからこそ、それが当事者の中に「内在化」されてしまうのですから、そもそもホモフォビアを低減させるべく、非当事者は何ができるのか考え、取り組むことが大切です…一緒に考えていきませんか?

広報誌アーカイブ