私が学生の頃に言われた言葉があります。「ゲイやレズビアンはわかるけど、Aセクシュアルは本当にいるのかも疑わしい」。それを聞いて、Aセクシュアル当事者は『いないもの』として扱われる苦しさをより強く感じているのでは?と思い、Aセクシュアルに焦点をあてた研究をはじめました。

Aセクシュアルとは?

 Aセクシュアルは性的指向の一つで、『他者に対して性的欲求を抱かない』と定義されることが多く、おおむね人口の1%に当てはまるといわれています。性的指向なので、コンプレックスや病気、トラウマ、宗教等によるものではなく、自身で決断したことでもありません。また、日本では『恋愛感情と性的欲求を抱かない人』を"Aセクシュアル"、『恋愛感情は抱くが性的欲求は抱かない人』を"ノンセクシュアル"として呼び分ける場合もあります。

Aセクシュアルを自認する過程

 私は当事者へのインタビューを通して、Aセクシュアルを自認する過程を研究しました。そのなかでは、学生時代の周りが恋愛や恋人に興味を持ち始める時期に違和感を覚え、その後自身のセクシュアリティを探索していくうちに『Aセクシュアル』を知り、自認に至るケースが多かったです。特徴としては、多くが大学生以降の比較的遅めの時期に自認していること、セクシュアリティを探索する期間が長い、あるいは「今のところはAセクシュアル」と探索しつつも折り合いをつけている場合があることがあげられます。また、異性に恋愛感情や性的欲求を抱かないことで、同性愛者かもしれないと思うケースもありました。これには、Aセクシュアルを知る機会が少ないこと、Aセクシュアルが『ない』ことを定義している、不確定なセクシュアリティであることが関係していると考えられました。

Aセクシュアルの生きづらさ

 当事者が語ったのは、『理解してもらえない』ということでした。 他者と恋愛・性的な関係になるという話題は、世代問わずあたり前のこととして語られます。その中で当事者は疎外感・劣等感を覚えたり、「自分はおかしいのかもしれない」と思い悩んだりすることがあり、たとえカミング・アウトをしたとしても、「良い人紹介してあげようか?」「まだ出会ってないだけだって」等と望んでいない理解をされることも多いです。また、恋愛・性的な経験がないことで『未熟な人』等という印象を持たれてしまうことも少なくありません。加えて誤解されやすいと感じたことは、他者に恋愛感情や性的欲求を抱かないことと、一人で生きていきたいと思うことは、必ずしもイコールではないということです。「誰かと一緒に生きていきたい」と発言した当事者は一定数おり、精神的・経済的に誰かと支え合いたいと願いつつも、特別なパートナーになるためには多くが恋愛・性的接触と切り離せない関係であることに苦悩しています。
 Aセクシュアルにも様々な人がいます。恋愛話を聞くことが好きな人、恋愛作品に嫌悪する人、恋人が欲しい人、Aセクシュアルを受け止めている人、変われるなら変わりたいと願う人… セクシュアリティの受け止め方、生きづらさの感じ方、どれも人それぞれです。今後、Aセクシュアルが一つの性的指向として広く認知され、様々な生き方の選択ができるようになることが望まれます。そのためには、まずAセクシュアルについて知ることが、当事者への誤解や生きづらさを少しでも減らすことに繋がるのではないでしょうか。

●参考文献
今田千尋・葛西真記子(2020)「Aセクシュアルを自認する過程——インタビュー調査から」日本心理臨床学会第39回大会発表論文集、371頁

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