概要

 京都大学では、教育学部および教育学研究科において、心理臨床家の養成を行っています。教育学部では、3年次より系分属があり、心理臨床の道をめざす学生は「教育心理学系」を選択しますが、学部時代は、認知心理学や発達心理学など、幅広い心理学を学ぶことができます。臨床心理学や人格心理学に関する講義も開講されますが、それ以外に、心理査定やカウンセリングの実習も受講して、理論、研究、実習など幅広い分野、手法で、心理学を学びます。また大学院では、「臨床心理学コース」に進み、修士課程2年、博士課程3年を修めることが一般的です。京都大学教育学研究科は、「研究者養成プログラム」を展開しているので、臨床実践だけではなく、心理臨床に関する研究にも力を入れていて、博士論文の執筆を目指します。さらに、臨床実践の指導者を育成する、博士後期課程のみの「臨床実践指導者養成コース」も開設されており、臨床実践を積んだ大学院生の教育にも取り組んでいます。

 心理臨床を本格的に学ぶのは、大学院に進学してからで、修士課程1回生からは、多彩な授業が展開されますが、その中でも中心を占めるのは、「心理臨床ケースカンファレンス」と、実際にケースを担当する「臨床心理実習」です。
 「心理臨床ケースカンファレンス」には、一名の発表者に対して二名の教員が授業に参加します。複数の教員が参加することによって、より多面的なケース理解が促されるように思います。院生のケースカンファレンスへの参加は、修士課程1回生から博士課程3回生までの5年間に亘ります。京都大学において、いかにこの「心理臨床ケースカンファレンス」が重視されているかがおわかりいただけると思います。

心理教育相談室

 京都大学の心理臨床家の養成において、もう一つ重点がおかれているのは、学内実習施設である「心理教育相談室」にてケースの担当をする「臨床心理実習」です。

 京都大学の「心理教育相談室」は、1953年に始まり、1980年に、国立大学では初めて、文部省(当時)の認可による有料の「心理教育相談室」として正式に発足いたしました。長い歴史をもつ相談室を有し、相談室でのケース担当をめぐる教育も、長年かかって指導体制が積み上げられてまいりました。

 大学院生は修士課程1年の夏頃から、事例を担当します。事例の担当にあたっては、相談事例を持つまでの流れや対応の仕方、倫理的な事柄に関する指導を事前に受け、その後、相談室規程に定められた形で、言語面接、遊戯療法等の臨床心理面接を実施します。京都大学では、事例の
担当について、最大限院生スタッフの自主性が尊重されており、教員主導で事例担当を決めるのではなく、あくまで院生スタッフが自らの意志で事例選択をするところが特徴的だと思います。

 もちろん、まだ初心者の院生スタッフにとって、事例の選択は難しく、時にはたいへん困難な事例に直面する場合もありますが、教員スタッフは、なるべく細やかに指導、対応することで院生スタッフを支え、院生が自らケースに向かい、さまざまな体験を積み重ねていけるよう、努力
しています。

 院生スタッフが担当した事例については、教員スタッフ全員が参加するインテーク・カンファレンスにて検討され、院生スタッフの体験を丁寧に聞きながら、教員は、初心のセラピストにとって困難となりうる事柄についての助言を行い、クライエントの見立てや連携のあり方、今後の対応などについて、受講生と共に検討します。
 また、院生スタッフは、原則として毎週1時間、スーパーヴァイザーから、個別指導を受けます。京都大学では、京都大学のOB・OGを初めとした、外部の心理臨床家にスーパーヴィジョンを依頼しています。
 このように、教員のサポート、手厚いスーパーヴィジョン体制などを配置することによって、院生スタッフは、体験を通じて、見立て、ケースマネージメント、臨床心理面接に関する様々な位相の知を、実践のなかで深く体得していきます。

京都大学の心理臨床と河合隼雄先生

 河合隼雄先生は、1972年から1992年まで京都大学で教鞭をとられ、京都大学の心理臨床家養成の基礎を築かれました。河合先生は、京都大学だけに留まらず、現在の日本の心理臨床の礎を築かれたと言っても過言ではないと思います。

 私は先生が京都大学におられた20年間のうちの12年間、京都大学に在籍し、指導を受けることができました。そこで学んだことは、なにより、「ケースを大切にする」ということでした。以前まだ私が院生だったとき、ケースカンファレンスに遅刻してきた学生がいたのですが、河合先生はめずらしく声を荒げて、叱責されました。私たちは今でもケースカンファレンスやインテーク・
カンファレンスに遅刻することが許されていません。ケースにおいて、セラピストが遅刻することが許されないのと同様です。
 先生が京都大学におられたときとは、もうさまざまなことが変化しているように思いますが、この「ケースを大切にする」という教えだけは、今でも京都大学に息づいている「伝統」と言えるように思います。
 河合先生がケースカンファレンスで話されたコメントが、私の心理臨床家としての「財産」のほとんどを占めています。いわば、「口伝」として伝えられた「臨床の知」です。河合先生のケースカンファレンスでのコメントの一端が本(河合俊雄[編]『生きたことば、動くこころ――河合隼雄語録』岩波書店、2010年)として出版されていますが、これを読むと、今でも河合隼雄先生のお声が聞こえてきそうな気がします。
 心理臨床家の養成の際に伝えられていく「臨床の知」は、「人」から「人」へと伝えられていくものなのかもしれません。

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