河合隼雄〔著〕 岩波新書、1987年

子どものなかにある宇宙

この宇宙のなかに子どもたちがいる。これは誰でも知っている。しかし、ひとりひとりの子どものなかに宇宙があることを誰もが知っているだろうか。それは無限の広がりと深さをもって存在している。

 臨床心理学者・河合隼雄による『子どもの宇宙』は、このような一節から始まります。私たち心理臨床に携わるものは、心理療法のなかで「子どもの宇宙」に出会うことがあります。子どもの生み出す遊びや箱庭、夢などの表現の美しさや深みに触れたとき、子どものこころに潜在する可能性が実現されてゆくプロセスに立ち会ったとき、自分のこころもまた大きく動かされるのを感じます。このような「宇宙」はきっと誰しもが自分のなかにもっているのだけれど、大人になると、私たちは日常生活に必死になってその存在を忘れてしまいがちです。「子どもの宇宙」について、日常の役に立たないから、あるいは理解できないからと、自覚のないままにそれを見なかったことにしたり、傷つけてしまったりする大人もいるかもしれません。著者は、「子どもたちのもっている途方もなく広がる可能性、その素晴らしさを一般の大人たちに伝えたいという願いを込めて、『子どもの宇宙』について書いた」と述べています。

「子どもの目」が見る世界

 本書は、「子どもの宇宙」へと入っていくために、「家族」「秘密」「動物」「時空」「老人」「死」「異性」という七つの扉を用意しています。どの扉から入っても、「子どもの目」が見つめた世界が私たちの前に開かれます。例えば、「子どもと死」という章です。「死」は、とても悲しく、日常をおびやかしうるものです。そうであるがゆえに、大人はしばしば「知らんぷり語」を使ってやり過ごそうとします。このようなとき子どもがまっすぐに死を見つめ、死者を弔おうとする姿が、心理療法や児童文学のエピソードを通して描かれます。著者が、「死を遠ざけて生きている人は、真の心の交流を体験することは非常に難しいであろう」と述べるように、「子どもの目」を通して見たとき、「子どもと死」というテーマは、むしろ私たちがこの世界を真に生きることについて論じているように感じられるのです。

私たちのなかにある宇宙

 私たちもまた子どもと同じように「宇宙」をもっていることを、著者は指摘します。

子どもの宇宙の存在について、われわれが知ろうと努力するときは、自分自身の宇宙について忘れていたことを思い出したり、新しい発見をしたりすることにもなる。子どもの宇宙への探索は、おのずから自己の世界への探索につながってくるのである。

 本書には、子どものことというばかりでなく、自分のこころのことが描かれているのです。本書を読み終える頃、私たちは、自分のなかにある宇宙、自分のこころのもつ無限の広がりと深さに触れる旅をしていたことに気づくのではないでしょうか。

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