Aさんは、精神的にしんどくなって、精神科のクリニックを受診しました。そこでは、まず受付の方が迎えてくれました。問診票を書いて待合のソファに座っていると、心理職の方が近づいてきて、診察の前にお話を聞かせて下さいとのことでした。面接室で心理職の先生にお話することで、緊張が少し和らぎました。それから名前が呼ばれ、診察室に入ると精神科医の先生がいました。そこで先生とお話し、この精神状態は「うつ状態」と言われること、お薬の治療と休養が必要であると言われました。診察の後、看護師さんに採血をしてもらいました。看護師さんの手は温かく感じました。
しばらくして、精神状態が落ち着いてきたら、心理職の先生による心理検査、そしてカウンセリングも受けることになりました。その中で、少しずつ自分のことを知り、振り返ることができるようにもなってきました。また人への信頼感も回復してきて、人の輪の中に入ってもいいかなと思えるようになってきました。デイケアに行くと、心理や看護や作業療法や精神保健福祉の先生たちがさまざまなプログラムをやっていて、それぞれのメンバーさんが好きなことをしていました。
デイケアに参加しているうちに、少しずつ元気が湧いてきて、また社会に戻っていきたい気持ちが出てきました。それまでにも生活上の相談にのってもらっていた精神保健福祉士さんにあらためて相談し、福祉のサービスや就労支援事業所も利用しながら、社会復帰に向けてリハビリをしていくことになりました。手続きや施設の利用には不安もありましたが、一緒に同行してくれることを、心強く思いました。
医療現場におけるさまざまな専門職
私は精神科医であり臨床心理士/公認心理師でもあります。大学で教員をしながら、精神科のクリニックで仕事をしています。そこでは、医師をはじめ、看護師、精神保健福祉士、医療事務職、そして心理職(臨床心理士/公認心理師)などの専門職のみなさんと協働しています。病院によっては、薬剤師、栄養士、作業療法士、理学療法士、言語聴覚士、社会福祉士、介護福祉士、臨床検査技師、放射線技師など、まさにさまざまな専門職の方々が働いています。
それらの専門職は分担・連携をしながら、患者さんをチームで支援しています。これはチーム医療や多職種連携と言われるものです。医療従事者は対人援助職ですから、みな患者さんの心を思いやって、支援をしています。これは職種を超えて共通する態度です。それでは、心の専門職である心理職の専門性とは、どのようなものになるのでしょうか?
私はずっと心に興味を持ちながら、精神科医となり、心理士になりました。その中で、「心にまつわる専門職って、どこが違うの?」と考えてきました。
医師、看護師、精神保健福祉士との違い
精神科医も人の精神(心)を対象としますが、どちらかというと普遍的・客観的な視点を持っています。例えば、落ち込んでいる患者さんがいます。精神科医は、抑うつ気分(気分の落ち込み)や意欲減退(やる気が出ない)という、みなに共通する症状を観察し、精神医学的に「うつ状態」と診断します。そして、そのような症状を改善させるために、お薬を処方します。お薬は脳に効き、ひいては精神症状が改善します。これは生き物である人間みなに共通するものです。
しかし、そのような「うつ状態」の患者さんの心の内はさまざまです。職場の人間関係にしんどくなっている方もいれば、家族関係に悩んでいる方もいます。一人ひとり、生い立ちも違えば、性格も違います。そのような患者さんの心を理解し、心のプロセスに寄り添い、患者さんが自分の道を歩んでいかれるのを支えるためには、カウンセリング(心理療法)をはじめとする、心理的支援が必要になります。そのとき、心理職は個別的・主観的な視点を大切にします。
看護師は患者さんのケアを行います。そのケアは心身両面ですが、看護師は患者さんの身体に直接アプローチすることができます(まさに手当ができます)。心理職は患者さんの身体に直接触れることは少なく、心からアプローチしていきます。
心理職が患者さんの内面にコミットするのに対し、精神保健福祉士は内面を理解しながらも、患者さんの現実的な生活を支援するために、周囲の環境を整えるようなケースワークを行います。面接室や病院の外で患者さんと一緒することも多くなります。
精神科医は病状を改善し、現実に適応できることを、治療の目標にします。一方、心理職はより内面を見つめていますので、その目標はその人の心理的成熟であったりします。医療チームの中で、患者さんの心を見つめ続けるのは心理職の仕事になります。
医師と心理師の教育、トレーニングの違い
医師になるための教育と、心理師になるための教育は、ずいぶん違います。医師になるためには、まずもって、生物学的な知識や技術を身につけることになります。基礎医学(解剖学や生理学など)から臨床医学(内科から外科、小児科から産婦人科、眼科から精神科)まで、一通りの医学を学びます。一方、心理師になるためには、基礎心理学(実験心理学、認知心理学、発達心理学、社会心理学など)から臨床心理学(医療、福祉、教育、司法、産業領域)まで、一通りの心理学を学びます。他の専門職でも一部の心理学を学ぶことはありますが、これだけの心理学の知識や技術を身につけることはありません。
精神科医として駆け出しの頃、患者さんと向き合いながら、自分の面の皮が厚くなっていく感じがしていました。患者さんの精神状態を慮りながら、周囲から現実的な判断を求められることも多くあります。一方、臨床心理士として仕事を始めてからは、患者さんに寄り添いながら、少しずつその面の皮を緩め、より自由に心のやりとりができるようにもなってきました。そして、患者さんの心を思いやりながら、その心が周囲とどのようにつながっているのか、自分との関わりでどのように動いていくのかが、見えるようにもなってきました。いずれの立場においても、患者さんがどのような道を歩んでいかれるのかを、見守り支えていくことには、変わりありません。
患者さんは、一人の人間として、身体を持った生き物であり、心を持った存在であり、社会的な存在でもあります(これを生物―心理―社会モデルと言います)。そのような患者さんのために、さまざまな専門職がそれぞれの視点から患者さんを理解し、チームとして関わることが、全人的な医療になります。そして、それぞれの専門職が腕を磨くことで、レベルの高いコラボレーションが実現します。
そのようなチームに加わる際、とりわけ、心のこと、人間関係、人の生き方に興味がある人は、心理職に向いています。ぜひ、心理の道に進んで下さい。ご一緒に仕事ができるのを、楽しみにしています。