本誌は、学術誌として学術的探究をする研究者を対象としたものではなく、国民の皆さんや高校生、大学生に向けて、心理臨床学の諸相をお伝えしていく「場」です。そこで、あらためて「心理臨床学」について、ふれておきます。ひとや動物に関して、こころ、脳や神経系を中心とした知能、情動、情緒、またそれらと連動した形での身体の反応などを含めて、幅広く扱う心理学があります。それは、個だけではなく個と集団とのかかわりや集団内での動きや特性も対象とします。中でも、こころの不思議な反応やさまざまな問題行動、こころの傷つきやその支援にまつわる学問として「臨床心理学」があります。心理学の中でも応用心理学の中に入るもので、学問の中では、比較的に若い領域といえましょう。
 ならば、「心理臨床学」とは、どういったものでしょうか。「臨床」という言葉が病床に臨む、つまり実際に患者に接すること、ひとの生死にかかわる営みにかかわることを指しています。もともとは医学領域でしか使用できませんでした。先達の意思を継いで私たちは、「こころ」を通して、「臨床」を探究する、そこには必ず実践が伴う「学」として発展させてきたのが、「心理臨床学」です。
 2025年の幕開けにこの原稿を書いていますが、この瞬間にも多くの苦しみをかかえた人びとがいます。そして、そのこころを理解して、支援を続けていくのが、臨床心理士や公認心理師です。
 従って、その領域は医療に留まらず、教育はもちろんのこと、福祉、司法、産業等を通して子どもから高齢者まで幅広いものです。それ故、私たちは、実践研究者であるのと同時にこれらの実践家として、常に学び続け共に議論を重ねていくのです。

第44回大会開催概要

 さて、今年の第44回大会の概要は、次の通りです。第42回大会、第43回大会に引き続き、対面大会とWEB大会の2部構成で開催します。やはり、遠隔地からの参加や、業務上の出張が難しい会員からの要望を受けて、WEB大会を併せて開催することといたしました。

対面大会
2025年9月5日(金)~9月7日(日)於:神戸コンベンションセンター
WEB大会
2025年9月26日(金)~10月23日(木)

 今回のテーマは、「心理臨床にとって伝承とは何か―学問的に対話する」といたしました。本学会が、一般社団法人日本心理臨床学会として新たな歩みを進めてから15年、第8期を迎えました。前期に引き続き、藤原勝紀理事長のもと、新理事会主催により開催いたします。第40回大会から試みながら着実に整備してまいりました、対面大会とWEB大会によるハイブリッド方式をより充実した形に発展させていきたいと考えています。
 大会委員会委員長を拝命しました私は、ちょうど本学会が創設された1982年に大学院修士課程の1年生でした。そして翌年の1983年に九州大学で第1回大会が開催されたのです。当時の会員数はおよそ600名であったのですが、現在では、2万9000人余の会員を抱える学会に成長をしました。読者の皆様には、高校生や今後の進路を検討中の大学生の皆さんもいらっしゃると思います。学会とは、文字通り学術的な研究の発表と討論の場です。独創性を持った研究発表がなされ、発表された研究をもとにして、さらに別の研究者が新たな知見を発表していく、まさに「知の連鎖」を生み出す重要な場です。冒頭に述べましたように日本心理臨床学会は、心理臨床実践に貢献する基礎研究や心理臨床実践現場からの創造的発見を「臨床の知」として、発表し議論を重ねていきます。
 学会ホームページの理事長挨拶(https://www.ajcp.info/?page_id=14137)にもありますように、学会設立当時先達の先生方が40歳代、50歳代であったことを鑑みて、新たな世代にバトンをつないでいく時期と考えます。
 このような考えのもとで、本学会はこれまで私たちが培ってきた日本の「心理臨床学」の「知」を重んじながら、新たなステップ作りをしていきたいと考えます。「心理臨床学」の黎明期を支えてくださった先人から、私たちは何を学び、何を伝えられてきたのでしょうか。先達の先生方の多くは、必ずしも引き継ぐべき事柄を命じてきてはいません。私たちの学会では、心理臨床家それぞれのこころに響き、こころで感じ取ったものを手がかりに、ひとと向き合い、こころを支えるとはどのようなことかについて会員相互に考え続けてきました。そしてこころの問題や傷を理解するためには、どう在るべきかを見つめてきました。
 それでも私たちは、学会として学問を探究する集団として、暖味なものを形あるものとして理解したいという切望もあります。それゆえ、さまざまな学派や理論に裏打ちされた、心理臨床実践活動の幅を拡げてきました。結果、私たちの心理臨床研究や実践活動を推進させ、多くのこころの問題解決や支援に向けて、確かな足跡を残してきました。
 ところが、本邦のみならず世界を見渡しても、子どもの貧困や家庭をめぐる諸問題、自然災害被災者支援をはじめ、多くの問題や課題が複雑化、深刻化している現状にあります。それは、1980年代と比較すれば大きく様相が異なるでしょう。そうなれば、支援の幅も広く深くしていかなくてはなりません。私たちの学会が果たすべき役割や成果の発信は、現代の国民にとってまだまだ充分とはいえません。
 心理臨床実践そして「心理臨床学」は、今あらためて、これまで伝承されてきている臨床のこころを見直し、多様なこころの問題に向き合うべく、実践と研究活動の在り方を模索して日々に創造している時代といえましょう。まず、こうした流れについて、世代や実践領域をこえて対話をするシンポジウムなどを通して議論を深めていきたいと考えます。今回は、学会の理事によって構成された各種委員会によるシンポジウムは、従来の方式に従って隔年開催として、会員の皆様による企画シンポジウムをより多く開催できるようにしていきたいと考えます。
 また、現代における世界の子どもの問題やジェンダーをめぐるこころの問題に造詣が深い専門家による特別講演も企画しています。
 対面大会での口頭やポスター発表と並行して、今年も会員による自主シンポジウムもライブで開催されます。会員の皆様による研究から得た新たな知見、心理臨床実践を通して見いだされた臨床の知を、一層活発な討論へと導いていける大会にしたいと思います。

一般社団法人 日本心理臨床学会
https://www.ajcp.info
※本学会の大会は、会員以外は参加できません。
「一般公開企画」については、学会ホームページでご案内予定です。

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